09. あだし野にて
実にくだらない戦である。
陣中でどっかりと腰をすえているはずの、総大将・松永久秀は退屈しのぎに竹林へと足
を踏み入れていた。別段ここに惹かれる物があったからではない。ただ、草原ばかり見て
いても面白くないから、景色の変わる竹林へ赴いただけだ。
彼は歩きながら物思いに耽る。今頃あの美しい器たちは何をしているのだろうか、と。
彼の所有物である名器たちの中には、付喪神になっている物も多い。彼らは久秀に愛でら
れる時以外はある意味自由であった。だから、外から城に戻ると妖怪どもがどんちゃん騒
ぎをしている事も多かった。特に、愛して止まない平蜘蛛などは、何故だか美しい女の姿
で彼を迎え入れるのが常で、彼女より格下の茶入れやら水差しを顎で使ってもてなしてく
れることもあった。
久秀はその時のことを思い出して口角を吊り上げる。彼らに注いでいる愛情以上に、彼
らは自分を楽しませてくれる。全くもって退屈しない。
だから、こんなくだらない戦は早く終えて、彼らを愛でたかった。
物思いに耽ながら歩いていると、大地が揺れた。竹がざわめきあい、遠くの方で煙が上
がる。自軍か敵軍かは分らぬが、どこかで火の手が上がっているのだろう。微かに聞こえ
る兵達の雄たけびと、鼻孔を付く煙のにおいが、竹林に流れ込んできた。それを楽しむか
のように、足取り軽く歩いていると、青々とした竹の先から、白いものがにゅっと伸びて
いるのが見えた。竹の花である。
「ほう、これはまた珍しい」
竹の花といっても、これといって美しい訳でも華やかな訳でもない。ただ、竹が花をつ
けるのは数十年から百年に一度といわれ、大変珍しいものなのだ。しかし、花が咲くと辺
りの竹が枯れてしまい、最後に実を付けることから、不吉の予兆とされ、忌み嫌われるこ
ともある。
「しかし、この竹林と引き換えに花を咲かせるというのは…なんとも残酷なのだね、君は」
周りのものを巻き添えにして、その花を咲かせ、実を結ぶ。とんだ悪女だな、と久秀が
笑うと、それに呼応するように、竹林が大きく揺れた。煙のにおいも大分近い。よく聞け
ば、ぱちぱちと竹が燻るような気配もある。
もう一度だけ竹の花に触れて、久秀はそこから去ろうとした。すると、爆音とは違う地
響きを感じた。思わず振り返ってみれば、青々としていた竹は、精気を吸い取られてしま
ったかのように赤茶けて、ばきばきと音を立てながら崩れ始めた。周りで次々と枯れてし
まった竹が倒れていく中、久秀はそれには目もくれず、目の前にあった花が実になり、ぽ
とりと落ちていくのをじいっと見つめていた。
不思議、というには大掛かりすぎるような奇妙な現象が目の前で起こっている。天変地
異の前触れのように、竹林は崩れていく。ごうん、と三度大地が震える。目の端の方が段
々赤く染まってきた。煙も濃い。めらめらと燃え盛るその中で、目の前で花に成り実に成
ったものが、美しい形を成していく様を、彼は目に焼き付けるように、瞬きもせず見た。
「君は」
周りでごうごうと燃え盛る火焔を鎮めるような、清涼な空気を纏った少女が立っている。
紅蓮の中に、青々とした黒髪を背中に垂らし、やけに色の白い、美しいとしか言いようの
無いその少女は、とろんとした瞳を久秀に向けた。
「君は、何だ」
その問いに答えるように、炎が二人を包む。不思議と暑さは感じないが、じりじりと肌
が焼けるような痛みはある。少女がその手を彼へと伸ばすと、彼女の体に纏わり付いてい
る青白い爽気が、久秀を誘うように纏わり付いてきた。
「竹…かね?」
辺りの竹が姿を無くし始めていた。炎が少女に纏わり付く。辺りの竹林を一掃し、そこ
に立っている美しい少女。同胞を全て滅ぼしつくして、初めて生まれることの出来る存在。
久秀は享楽でくらくらする頭を押さえながら、楽しくて仕方が無いのか、笑いを抑える
ことができない。
くだらない、くらだないと不平を漏らしていたら、次々と面白いことがやってくる。そ
れも、人に在らざるものばかり。久秀は楽しくて仕方が無い。己の人生には退屈など、全
くもって似合わないのだ。
目の前の少女に視線を戻すと、彼女は不思議そうに久秀を見つめている。透き通るよう
な肌も、流れるような碧の黒髪も、儚げなその貌も、次の瞬間には全て己の物になってい
るのだ。そう思うと、背筋がぞくぞくする。彼女を愛でる、という新たな楽しみが、彼の
落ちきっていた気分を高揚させているのは確かだった。
鎮まってきた炎と、微かに聞き取れる喧騒に急かされるようにして、久秀は少女に問い
かけた。
「私と共に来るかね」
すっと差し出された掌に、少女は何の迷いも無く白い手を重ねた。冷たくて、柔らかい
その手を取って、久秀は燃える竹林を後にした。
***
「、見たまえ」
、と呼ばれたその少女は、足早に進む久秀に追いつこうとする訳でもなく、そろ
そろと彼の横に立った。見晴らしのいいそこから見える物は、折れた旗印に倒れる人影、
血なのか炎なのか分からない赤いもの。ぶすぶすと立ち上る黒い煙が、戦場をさながら鳥
部山のように見せている。
「ああ、もうやられてしまった」
久秀は自軍の兵達がばたばたと倒れていくのを見て、見たままの思いを口にした。立ち
上がったと思ったら、寝ていた兵士に槍で突かれ、ぐったりとその身を横たえる。刀で切
りあっているのを見れば、次の瞬間にはどちらかの何かが切り落とされている。あまりに
も簡単に消えていく命を、久秀は何の感慨も無く見つめている。
「人とは弱いものだ」
は久秀と視線を同じくして合戦を見つめる。その穢れの無い瞳に、鳥部山の煙が
容赦なく掛かった。
「生まれたと思ったら、すぐに死んでしまう」
彼女の顔に黒く付いた灰を拭ってやりながら、久秀はにんまりと笑う。
「私も、いつかはああなる」
は拭ってくれた彼の手に、自分のそれを重ねる。特に意味があるわけではない。
ただ、頬に感じたものが何なのか、それを確かめるために彼の手に触れただけだ。
「君も…いや、君の仲間もそうだ。生まれてから、わずかな間で無くなり、その沢山の死
から君が生まれた」
濛濛と煙が立ち込める。血のにおいが混じった煙、草木が燃える煙。そのどちらも、何
かの死を告げている。二人は暫く見つめあって、やがて久秀が彼女を掻き抱くと、
はその広い背中の向こうに、轟音と共に四散する、悲しいまでに儚い人の命を見た。
「君は悪い女だ」
「…」
は言われている言葉を理解していないのかも知れない。久秀はそう思ったが、相
手がどう思っていようと、自分はそう思っているのだから、一向に構わない。
「同胞をみんな殺してしまって…その骸の上に立っているのだから」
抱いていた腕を緩めて、彼女の顔を包み込むようにすると、全く変わらない貌をして、
は久秀を見つめた。何も知らない無垢な瞳が、抱かれても歯向かうことをしないそ
の身体が、まだ聞かぬその声が、久秀は愛おしくてならない。今しがたあった、誕生の場
景を思い浮かべるだけで、どろどろとした情欲の炎が滾ってくる。欲にまみれた久秀に触
れた時、どんな声を出すのか、どんな貌をするのか、想像するだけで身体が熱くなる。
「…」
困ったようにも見えるその無表情に、久秀はくつくつと笑いを漏らす。
「君は本当に何も知らないのだね…教え甲斐があるというものだ」
言うなり、すっと彼女を抱き上げると、きょとんとした貌のの額にすばやく口付
ける。は不思議そうに額に触れて、久秀を見た。すると、今度はしっかり口元に吸
い付いて、彼女が意識を飛ばすまで、そこを貪った。
「、苦しいのなら言ってくれんかね」
「…」
苦笑した久秀を見つめながら、それでも表情が変わらないに、彼は声を上げて笑
った。
―後書き―
なんという突発^q^
今でもバサラは2しかやっていない阿倍ですが、色んなサイトさまの素敵小説で
妄想を膨らませて書きました。
これが最初で最後の松永さんでしょうか……相変わらずの設定魔は何を書いても
変わりませんね(笑)ヒロイン設定をせずにはいられない!
Dangerous!(企画サイトさま)
2008/8/8 阿倍たちばな拝