阿国は、木下で雨のように降ってくる桜を傘で弾いていた。
桜は今日あたりで散ってしまうだろうか。そう思うほどに桜は激しく
散り乱れており、辺り一面が桃色に染まっていた。
傘を回していた手をふと止めると、それを畳んで、ころんと桜の原に
寝転ぶ。見上げた木からは、相変わらず桜が降ってきていた。
桃色から垣間見える青をぼうっと眺めていると、何か物足りないよう
な気がしてきた。それが何なのか、自分でもいまいち分からなかったが
眺めている内に、なにやら桜が空虚なものに感じられたのだ。
(なんでやろ・・・)
しばらく同じ様に眺めていた阿国だったが、考えるのが億劫になった
のか、瞼をゆっくり閉じた。
(ねむ・・・・ちょっと寝よ・・・)
松風に乗った慶次が桜の原で寝ている阿国を見つけたのは、日も傾く
夕暮れ時であった。
「?・・・・・ありゃあ、もしかして・・・」
出来るだけ音を出さないように近づくと、やっぱり、と苦笑を漏らし
た。
桜はほぼ散ってしまっていて、木は少し寂しくなっていた。しかし、
辺り一面に桃色の絨毯が出来上がっていて、なんとも言えぬ風情を醸し
(かもし)出しており慶次も思わずほう、とため息を洩らした程だった。
(に、しても)
慶次の視線は絨毯から、それに埋もれている女性へと注がれる。桜に
埋もれる彼女はさしずめ花の精とでもいったところだろうか・・・・。
そう思ってから、自分が柄でもない事を考えていることに気づいてもう
一度苦笑すると、彼女を起こさないよう横に座った。
阿国は気持ち良さそうに眠っている。
慶次はしばらく桜を見ていたが、それに飽きたのか時折、彼女の顔に
掛かりそうな花びらを払い除けたりしてやりながら、彼女をぼおっと見
始めた。
夕日が散ってしまった桜の木から、遠慮がちに阿国と慶次を柔らかい
光で照らしていた。(ただ、慶次がでか過ぎて阿国には夕日が当たってい
なかったが)
少し体を後ろに退けると、彼女にも光が掛かった。少し、また少しと
体を退けていく度に、彼女の白い頬や装束に光があたり、きらきらと反
射して幾度も慶次の目をしばたたかせる。美しい装束に身を纏わせた彼
女に悪戯心が芽生えたのか、すこしにやにやしながら見つめていた慶次
だったが、阿国の瞼が微かに震えたのに気づいた途端口元を無理矢理引
き締めた。
「んん〜・・・・・」
無意識下の中で、腕をぐっとのばす。それを両脇に下ろしてきた途中、
なにか硬いものに拳が当たる。すると、しゃん、と鈴の音がした。
「!!」
飛び起きると思った通り、横で口元に笑いを浮かべている慶次がいた。
「け、慶次さま!」
「よお」
がばりと身を起こした阿国に、先ほどの悪戯心を含んだ笑みではなく、
柔らかい笑みをつくる慶次。
「なんでこないなとこに・・・」
寝顔を見られたという恥かしさからか、阿国の顔には夕日の赤さとは
違う朱が差していた。
「そんなことより見てみなよ。きれいだぜ、ここの桜はよ」
先の桜吹雪を思い出し、周りを見渡す。寝る前の桜吹雪はとうに止ん
だとみえ、地には桃色の絨毯が広がっていた。
「・・・・・」
絶句してしまう。
「咲いてるのも良いけどよ・・・・・散っちまったのもいいもんだな」
俺らしくねえかな?と言うと、二人で笑った。
阿国が花びらを掬い上げると、ぱっとはじけさせる。ひらひらと落ち
てくる桜を指で摘むと、今度はぴん、と指で弾く。それを横目で見てい
た慶次は「きれいだな」と呟いた。
「やっぱり、散ってない方がいいか・・・・・?」
となりの桜には、どうあっても散ってもらっては困るのだ。
ふわふわしていて、つかみ所のない彼女はいつ散ってしまうのかと人
をはらはらさせる桜のよう。
散らせるものか。
慶次の視線を感じたのか、阿国がこちらを向く。
「うちの顔になんか付いてますの?」
「いんや・・・・」
ぶわっと、ふいに風が吹く。すると、臥していた花びらたちが一斉に
起き上がった。
桜吹雪が、二人を包み込む。
故意なのか、そうでないのかは分からない。どちらが先にしたのかも
分からない。が、いつしか二人は肩を寄せ合い、手を重ねあって、それ
を見続けていた。
何が足りないのか、阿国は分かったような気がした。