「あら旦那さま」
 部屋で縫い物をしていたの部屋に、左近は声も掛けずに入った。とはいえ、ぎしぎ しと廊下に悲鳴が上がっていたのを聞いているので、はさして驚くことも無く応対し た。
「どうかなさいましたか」
 の横にどっかりと腰を下ろすと、小さな体がこちらを向いた。手にあるのは自分の 羽織りで、ほつけていた箇所を繕っているようだった。年の割には随分若く見られる は、そのくるくるとした少女のような瞳を向けて、針を置き「左近さま?」と声を掛けて きた。
「どうしました…」
 続きはきゃっ、という声に阻まれた。腕の中にすっぽりと納まってしまったは、訳 が分らずなされるがままである。
「左近さま?」
 温かくて柔らかい体が心地よい。何も言わずにぎゅうと抱きしめると、彼女の首筋に顔 をうずめて体重を掛ける。何がどうしたと言われれば、何も無いというしかないのだが、 なぜだか無性に甘えたいのだ。何も言わずに抱きしめて欲しい。ただ、ぬくもりが欲しい だけなのかもしれなかった。

 もそれを察したのか、黙り込む良人の腰に腕を回し、あやす様にさする。体全体を 覆っているこの体が、ゆっくりとこちらにもたれ掛かって来た。首筋に大きな息が吐かれ る度にこそばゆく、ざわりと背中が粟立つ。
「今日は甘えたさんですね」
 首にあった良人の頭がゆっくりと降りてきて、正座している両足の上に降りた。足にし がみ付くような格好になっている。
「ふふ…」
 あんまりといえばあんまりな格好に、思わず笑みがこぼれた。大の男がうつ伏せになっ て妻の膝に縋りついているなど…
(三成さまが御覧になったらなんと仰るか)
 いいや、案外三成もやっているのかもしれない、とは彼の妻を思い出して、ひとり 噴出した。