01 視界からはなしたくない

 いつものようにスパイクとカーリーが基地にやって来た。この友好的な人間 の訪問を一番喜んでいたのはバンブルで、その次がグリムロック。バンブルは スパイクとけたけた笑いながら、パトロールがてらの散歩コースの相談に余念 がないし、グリムロックはカーリーにすりよって撫でてもらうのに終始してい る。
「スパイク、バンブルと出かける?」
 助詞がいくつか抜けたような話し方をする小柄なサイバトロン・はホ イルジャックやラチェットの助手である。まだ性格的に幼い部分はあるが、仲 間たちの修理を行える貴重な看護員だ。
「やあ、。こんにちは」
「いまからスパイクと出かけるんだ」
「外にいくの」
「そうだよ」
 はブルーのアイセンサーにちかちかと光を灯らせると「外、いいな。 も行きたい」と言った。
 バンブルとスパイクは顔を見合わせた。そういえば、この可愛らしい仲間が 基地から出て行く姿をほとんど見たことがない。武装はしてあるが、彼女の仕 事は仲間の修理であるので、出る必要もあまりないのだろうが、それにしても 基地にいることが多い。
「そういえば、は戦い以外で基地の外にでたことはあるの?」
 スパイクがそう問えば、は不満げに音を立てながらアイセンサーを彼 の方に向けた。「ない」
「、バンブルとスパイクみたいに外にでたこと無いよ」
「本当?なんで?出ちゃいけないの?」
 スパイクがバンブルに視線を送りながらそう聞くと、彼の相棒は少し考えて から言葉を紡いだ。
「ラチェットだよ、スパイク」
「ラチェット?」
 はむっと黙り込んでしまっている。 「彼が何なの?」
「ラチェットはが外に出るのを嫌がってるんだ。何でかは知らないけど」
「理由は聞かされてないの、?」
「ラチェットがだめって言うから」
 はどこか諦めたような色を滲ませながらそう呟くが、視線はスパイク とバンブルを捉えたままだ。すごく行きたいのだろう。スパイクは自分の相棒 よりも年下を思わせるこのトランスフォーマーを妹を見るような目で見つめた。
「ねえ、ラチェットに理由を聞きに行こうよ。外に出るのはそれからでも遅く ないだろ?」
 にウィンクをすると、スパイクはラボに向かって歩き始めた。

***

「駄目だ」
「なんで?」
 ラボで端末からカルテを見ていたラチェットは、顔も上げずにそう言った。 スパイクとバンブルがその隣に立ち、はその後ろでそわそわしている。
「は戦うようにはできていない。もし襲撃を受けても応戦できない」
「たしかに、彼女一人だったらそうだろうけど…」
「オイラも一緒に行くから、ね、いいでしょ?」
「地球の文化に触れるのもいい勉強だと思わない?」
 コンソールの上を走っていた鋼鉄の指が止まり、ようやくラチェットが顔を 上げた。
「バンブル、きみはこないだの戦いでどこをやられたね?」
「えっ」
 射抜くような視線が刺さり、バンブルはアイセンサーを少し下にずらした。
「つ、通信機だよ」
「通信機がやられたらどうなる?」
「通信できない」
「で?」
「えーと、その」
 ラチェットは彼らの後ろに控えているに目をやって、静かに唇を開い た。
「私が言いたいのはだね…」
「おーいラチェット!ちょっと見てくれ〜」
 腕を組んで話を始めようとした矢先に、どすどすと遠慮のない足音が近づい てくる。ひょっこり顔を出したのは、右腕をかばっているアイアンハイドだっ た。
「よお、ラチェット……ん?お前たちここにいたのか」
「アイアンハイド」
「取り込み中か?」
 アイアンハイドが四人を見回すと、ラチェットは大きなため息をついた。「 アイアンハイド、聞きたくないが、その腕は?」
「そんなイヤそうな顔するなよ。近くで土砂崩れがあってな、建物の修復をし てる時にちょっとやっちまっただけだよ」
「ちょっと?」
 ラチェットはつかつかとアイアンハイドに近づくと、庇っていた左手をぞん ざいに払いのけて、右腕を見た。深くはないが、装甲は見事にひしゃげ、オイ ルが漏れている。
「これが?」
「たいした傷じゃないだろ?頼むよ、治してくれよ」
「たいした傷じゃないんだったら、自分で治すことだ」
「そんなこと言うなよ。な、頼むよ」
 もとより治さないなどありえないのだが、ラチェットはいらいらしながらア イアンハイドを小声で罵る。そして「、道具の用意を」と告げると、赤 い仲間を乱暴にベッドに横たわらせた。
「はい、ラチェット」
「、スパイクたちと何か相談か?」
 が気まずそうに視線をアイアンハイドのアイセンサーに向けると、頼 りない声音で「そんな感じ」
「ふうん…何の相談だ?」
「えと」
 助けを求めるようにバンブルたちを見つめるが、ラチェットに「レンチ」と 言われて、あわてて視線を戻す。アイアンハイドはの代わりにバンブル とスパイクに目配せすると、二人が近づいてきた。
「アイアンハイド、は外に出たいんだよ」
「外?」
「今まで任務以外に基地から出たことが無いんだって」
 任務で出たのも片手で足りるぐらい、とスパイクがうそぶくと、アイアンハ イドは自分を見下ろす格好になっている、小さなサイバトロンを見た。彼女は いたずらが見つかった子どものような顔をしていた。
「そうなのか…でも、それは司令官に言って出させてもらえばいいんじゃない ……ってててて!お、おいラチェット!」
「無駄なおしゃべりをするな!手元が狂うぞ」
「それは勘弁してくれよ」
「じゃあ黙ってろ」
「ったく、お前の師匠はひどいな、」
「アイアンハイド、は怪我するのよくないと思う」
 痛いところを付かれ、アイアンハイドは苦笑いを浮かべる。確かに怪我など しなければ、こうなることも無かったのだ。
「そりゃ、そうだがな」
 それはそうと、とアイアンハイドがバンブルとスパイクをちらりと見て、 に視線を戻す。
「外に出たことが無いって?」
 瞬間、ぎらりとした視線を感じるが、アイアンハイドは無視した。
「う、うん」
 がいいにくそうに体を縮こませながら答える。原因は、どうやら彼女 の保護者にあるらしい。ラチェットが不機嫌そうに黙々と作業を進めている。
「ラチェットがだめだって」
 バンブルが付け加えると、スパイクも便乗して「は戦うようにはでき てないからって」
 ふうん、とアイアンハイドがラチェットを横目で見ながら頷くと、に 視線を戻した。隣で明らかに不機嫌な雰囲気を出しているラチェットと、どこ かからかうような様子のアイアンハイドにはさまれて、かなり居心地が悪そう だ。
「誰かが守ってやればいいんだろう」
 バンブルとスパイクが、ぱあっと顔を輝かせる。とくにバンブルは先ほど自 分のボディーガード案を却下されたばかりであったので、うきうきしているよ うにすら見える。
「オイラじゃだめなんだ。ねえ、スパイク」
「残念だけどね」
「ほお。じゃあ、おれが連れて行ってやろう」
 それなら安心だろ?とラチェットに言うと、彼は大きくため息をついてそれ を却下した。握り締めたレンチから響いた嫌な音が、には聞こえた。
「リペアルーム常連のお前さんに、を預けられる訳ないだろ!」
 む、と返す言葉がとっさに見つからなかったアイアンハイドは、その後しば らくラチェットに食い下がっていたが、結局丸め込まれてしまって、リペアル ームを追い出されてしまった。

***

「」
 バンブルとスパイクも部屋を出て行き、工具整理も一段落というところで、 はラチェットに呼ばれた。その声の低さに、彼女は思わずびくりと肩を ふるわせる。この音声パターンは、よろしくないことの前兆だった。
「なあに」
 振り向くと、腕を組んでイスに腰かけているラチェットがこちらを見つめて いる。明らかな怒気は見つからないが、どことなく不機嫌そうだ。こつ、こつ と腕に打ち付けられる指の音がいやに響く。
「こっちへおいで」
 軽く彼女を手招いて、ラチェットは向かいに座らせる。はアイセンサ ーをそおっと動かして、彼が言葉を発するのを待っているようだった。
「外に出たいのかい」
「……」
「」
「…えと」
「さっきのはバンブルとスパイクのお節介なんだろう?お前は外に出たいのか い」
 ラチェットはだんだん頭を垂れていくを見て、なんだか悪いことをし ている気分になる。この子を危険な目に合わせたくない、自分が思うのはそれ だけなのだ。いかなる危険にも晒したくない。自分の目の届くところに置いて おきたい。ラチェットは言い聞かせるようにして、頭の中でそう反芻した。
「………うん」
 さっと視線をそらして、がそう答えると、ラチェットは大きくため息 をついて腕を組み換えた。バンブルとスパイクを見ていれば、外に出たくなる 気持ちも分かる。しかし、自分たちはむやみやたらに人間たちの住処に行くべ きではない。いつどこで、デストロンという名の敵が襲ってくるか分からない のだ。そうすれば、自分たちはもとより人間たちを危険に晒すことにもなる。

「。何度も言うけどね、お前は戦うようには作られてないんだ」
「…うん」
「外に出てデストロンにでも襲われたらどうする」
「に、逃げる」
「逃げ切れるかい?」
 実戦経験がろくにない彼女が、どうやって空飛ぶトランスフォーマーから逃 げ切るというのだろうか。
「……」
「外に出て何かしたいことでもあるのかい?」
「外、走ってみたい」
 は少しばかり視線を上へ向けて、ラチェットを見上げるような格好で そう言った。ヘッドギアの影に隠れて、アイセンサーが今にも泣き出しそうに 垂れ下がっているように見える。きゅっと身を縮ませて、ねだる様な声を出す の頭をラチェットは条件反射で撫でてしまった。身内の贔屓目であって も構わない。とにかく可愛かったのだ。
「……そういえば、地球に来てから走って無かったか」
 のビークルモードを見なくなって久しいな、とラチェットはメモリー を検索する。彼女のフォルムは、はてさてどんなものだったか?
「トランスフォームしてごらん」
「?」
 ラチェットの言葉の意図を掴みかねたのか、は彼のアイセンサーをジ ッと見つめたまま固まっている。
「トランスフォーム?」
「やってごらん」
 苦笑しているようにも見える口元から発せられた言葉は、優しげではあるが 有無を言わさぬものであった。はあわててトランスフォームすると、ラ チェットがボンネットに触れてきた。
「気になるところはあるかい」
 は車内を小刻みに震わせて、何かを確認しているようだったが、すぐ に止めて「とくにないよ」とカーオーディオを鳴らした。
「少し走ってみようか」
 部屋の隅へとゆるゆると走り出したは、隅まで行くとすぐに折り返し てラチェットの元へ帰ってくる。
「何もなさそうだね」
「うん」
「ちょっとここへ上がって」
 再びトランスフォームして、は診察台の上に乗る。そしてもう一度ビ ークルモードになると、ラチェットがボンネットを押し上げて、ガチャガチャ と中をいじり始めた。
「ラチェット?」
「しばらくジッとしてなさい」
 こそばゆいような、むずがゆい感触には抗議の声を上げようとしたが、 ラチェットにそう言われて止めておいた。過去にくすぐったい、と訴えて、ひ どい目にあったことがあるのだ。
(ラチェットは、たまにイジワル)
 ホイルジャックはイジワルしない、とは頭の中だけでそう呟くと、音 声回路を極限までダウンさせて、ラチェットに身をゆだねた。

***

「バンブル!スパイク!」
 いつものようにスパイクがバンブルと話をしていると、明るい声が司令室に 響いた。テレトランワンに向かっていた司令官やマイスターが、おやと振り返 るほどに、その声は弾んでいた。だ。
「あ、」
「こんにちは」
「バンブル、スパイク。ね、外行くことになったよ」
 エッと二人の声が重なった。あのラチェットを、どうやって説き伏せたのだ ろうか。
「だれと?」
 はアイセンサーにきらきらした光を明滅させながら「あのね…」と唇 を開く。その時、リペアルームから盛大な怒鳴り声が響いてきた。
「アイアンハイドっ!お前ってやつはいつになったら懲りるんだ!」
「そ、そう怒鳴るなよ!おれだって好きで怪我してるんじゃないんだ」
「お前なんかもう知らん!それくらい自分で治せるようにしたらどうかね!?」
「おいおいおい、ラチェット先生、それはお前さんの…」
「とにかく!私は今日は休みなんでね、お引取り願おう」
 ずど、とか、がしゃ、といった金属音が響いたかと思うと、司令室の入り口 から、湯気でも出そうなラチェットと、左肩からオイルを垂らしているアイア ンハイドが出てきた。
「司令官!ラチェットが職務放棄を」
 アイアンハイドの軽口に、コンボイは高らかに笑った。マイスターもにやに や口元だけで笑っている。バンブルとスパイクはきょとんとした顔でラチェッ トを見る。怒鳴り声はすさまじかったが、そんなに激怒している様子でもなさ そうだった。
「アイアンハイド、今日のラチェットは重要な使命を帯びているからな。彼に 頼んでも無理さ」
「重要な使命ですって?仲間の修理以外に?」
 とんでもない、と両手を広げてアイアンハイドは抗議する。その隣をそ知ら ぬ顔でラチェットがすり抜けていく。
「司令官、これより偵察任務に向かいます」
「ああ、よろしく頼む」
 もな、とコンボイは小さなサイバトロンに声を掛けた。はぴし っと敬礼を返して、ラチェットにトコトコ近づいていく。
「、一緒に行くのって」
 スパイクがそう問えば、ではなくラチェットが答えた。
「は、私と一緒に偵察任務さ」
「スパイク、バンブル。行ってきます」
 司令官、マイスター、アイアンハイドも!と元気よく敬礼し、が そう叫びながら基地を出て行くと、残されたものは苦笑をこぼさずには居られ なかった。

「ラチェットって…」
「何が何でものそばを離れないつもりなんだね…」
「仲が良くていいじゃないか」
「そんな度合いは軽く超えてるような気がしますがね」





「ラチェット!」
「なんだい」
「走るの、楽しいね」
 ラチェットと併走しているは、移り変わって行く景色と、撫で付ける ような風を体いっぱいに感じながら、そう言った。
「それは良かった」
「またやりたい」
「走り終わる前から予約かい?」
 まだ任務は始まったばかりなんだがね、とラチェットは苦笑しながらそう答 えると「近場で、私と一緒ならね」と付け加えた。
「ラチェットと一緒なら?」
「ああ。私と一緒にね。それも、あまり遠くへは行かずに」
 ビークルモードのメンテナンスにもなるし、とラチェットは小さく呟いた。 自分の目の届く範囲内ならこうして彼女と走るのも悪くない、とラチェットは 思い始めたのだ。
(視界から、この子をはなしたくないんだな)
 我ながらなんて我が儘なんだろう、という思いがスパークを掠めたが、これ は彼女を守るためなんだとラチェットは言い聞かせることにした。       





***後書き***

執着の強いラチェットてんてーでした。
もうちょっと歪んだ感じの話にしようと思ったのですが、最後のほうはぐだぐだで あんまり歪みませんでした。
ヒロインの過去とか、ラチェットが執着するまでの経過についてまた一つ書きたいです。 あとホイルジャックを出したい!!おやじスキーとしては(笑)

アイアンハイドのしゃべり方が分かりません(^O^)
あとラチェット先生はいじわるですwスタスクほど陰湿じゃない設定ですが、執着に ついては似たような感じです…