見詰め合って触れ合ってそれから
ほっそりとした手足、ゆるやかなカーブを描く胸部、つるんとした金属の輝
き―――ネメシス号の中で、相棒のフレンジーとじゃれ合っているをバ
リケードはじっと見つめていた。彼女はディセプティコンの中では珍しい女性
型で、体格はオートボットの小型タイプに近い。
銀河の果てのような漆黒のボ
ディには、幾筋かの紫のラインが走っており、胸から足にかけてのそのライン
は、芸術的な程に――ディセプティコンである自分がこのような表現を使うの
も、なにやらむず痒いが――美しかった。
特に、がその胸を反らせぎみに立っている姿などは、ひどくスパーク
をかき乱すものがある。普段はディセプティコンらしからぬ明るい声音で、き
ゃあきゃあと騒ぎ立てることも多く、思考回路だってホワンとしていて掴みに
くい所があるが、たまに見せるそういった姿とのギャップに困惑――魅せられ
ているのは、どうやら自分だけではないらしい。
相棒のフレンジーを介してと知り合ったバリケードは、今現在のネメ
シス号メンバーよりは、幾分彼女との付き合いが長い。はその時から変
わらず、ディセプティコンの名のつく全てのトランスフォーマーが好きだった。
もちろんバリケード自身もその例にもれず、フレンジーの相棒であることも手
伝って、他のメンバーよりはとの触れ合いは多い方だ。彼女が自分にど
のくらい好意を――意識的な、男女間での――持ってくれているのかは定かで
はないが、少なくとも、指揮官殿がいらいらを隠さないぐらいには、多大な愛
情を注がれているらしい。
(まさかスタースクリームが、ねえ)
今この場にはいない、威圧的で尊大で自信過剰な…指揮官・スタースクリー
ムのことを思い出しながら、バリケードはを呼んだ。メガトロンという
首領が不在のいまは、奴がディセプティコンを纏めなければならない。そうで
なければ、きっと自分たちは好き勝手に行動して、じきに散り散りになってし
まうだろうから。
バリケードが求めるのは、ディセプティコンがセイバートロン星を支配して、
ディセプティコンがディセプティコンらしく生きていくことだった。そのため
には、何はともあれ首領を探し出さなければならない。
(最低でも、生きているのか、死んだのか、どちらかの答えを見つけなければ)
そう、そのためにはスタースクリームという存在は必要なのだ。自分が好む
と好まざるとにかかわらず。
「バリケード、呼んだ?」
「ああ、呼んだ」
トコトコとが近づいて来て、なめらかなフォルムがアイセンサーに映
る。バリケードが黙っていると、きょとんとした表情で、頬に手を当てたり、
首をかしげたりして、彼のアイセンサーを覗く。
「どうしたの?」
そういった類の動作は、極めて人間的なものだった。は、メガトロン
捜索の傍ら、息抜きの為にとフレンジーとハッキングを繰り返して、人間の文
化――物語だとか、音楽だとか――に興味を示していたのだった。
そして、すっかりそれに感化されてしまっている。これは彼女が飽きるまで
続けられることが多く、彼女の真似をしてこちらから仕掛けようものなら、大
喜びで食いついてくることも知っていた。
「人間は、見つめ合う、ということをするんだろう?」
バリケードがそう切り出すと、はアイセンサーを喜びでちかちかと光
らせながら「うん、そうだよ!」
「バリケードも知ってるんだ」
「お前とフレンジーが見ているものは、大抵チェックしているさ」
は嬉しそうに、フレンジーを振り返ろうとした。しかし、バリケード
が彼女の肩を掴んで、それを阻んだので、はバリケードともう一度、見
つめあう格好になった。
「どうしたの?」
肩をつかまれたまま、は不思議そうにカメラアイを動かす。バリケー
ドは、流線型の美しいフォルムを腕の中に収めると、の頬に手を添えた。
かちん、と金属の触れ合う音がして、そのまま唇まで滑らせる。冷たいが、
他の部分よりは硬度の低いそこは、機械生命体が触れ合うにはもってこいの場
所だった。
「見つめ合ったあとは、どうする?」
は半開きになっていた唇をそっと閉じて、バリケードの手に自分の手
を添えた。もう片方の手は、彼の胸にそっと押し当てる。
「映像で見たよ。この後はね、私が目を閉じて…」
次の言葉を紡ごうとした鋼鉄の唇が、おなじく冷たいバリケードの鋼鉄の唇
にふさがれた。は記憶を頼りに、両腕をバリケードの首に回し、しなだ
れかかるようにして、体重を彼に預けた。
「人間なら、この後どうするのかな?」
「続きがお望みならば、どうぞこちらへ」
バリケードがを抱いたまま、出口を目指そうと立ち上がると「どこへ
行くのか、詳しく教えてもらおうか」と一番聞きたくない声が聞こえた。
「スタースクリーム」
「仲がよろしくて大変結構だな。バリケード」
スタースクリームの口許は、無理やり口角を上げてはいるが、決して笑って
はいない。
「スタースクリームも、する?」
「お、おい、」
バリケードの腕の中で収まっていたが、スタースクリームを見つめて
はにかんだ。途端に、指揮官殿は無理やり唇を吊り上げるのをやめた。そんな
ことをしなくても、自然と口角が上がるからだ。
「ほう、お前は俺ともしたいのか」
「表現方法を変えてみるのも、たまにはいいと思うんだ」
ねえ、バリケード、とは他意のない――みんなが好きだから――とい
わんばかりの視線を向けられて、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「さあ、バリケード」
不気味なほどに、満面の笑みを浮かべたスタースクリームがこちらに向かっ
てくる。
「その手を、どけてもらおうか」
ああ、またリペアか、とバリケードは掻く筈も無い冷や汗を背部に感じなが
ら、名残惜しげにの額に口付けた。
***後書き***
映画の前日譚を見ただけでも、バリケードは苦労人なんだなあ…ということがひしひしと伝わって
きます…。ゴーストオブイエスタディは、外国の作家が書いた小説なので、形容詞の付け方とか
表現の仕方が違うのと、純粋に字数が多いことから、読むのに少し時間がかかりますが、なかなか
面白いです。ディセプティコンが良く喋ってるのがいい……
初めの方はバリケードがすごくやらしー目でヒロインを見てますが、トランスフォーマーは
お互いのフォルムを見て、きれいだとかカッコいいとか思ったりするんでしょうか?