06:お仕置き なぜこんなことになってしまったのか? リペアルームをばたばたと走り回るを片目に、ラチェットは重いため息をついた。 事の始まりはちょうど五時間前。偵察に出ていたスパイクとバンブルからの救援信号をキャッチしたテレトランワンは、基地内でかくれんぼしながら留守番をしていたダイノボットとに事の次第を伝え、救援へ向かうよう呼びかけた。滅多に基地外へ出ることのないにとって救援信号は格好の”正当な理由”であったため、誰にも告げずダイノボットと共に出撃したのだ。 駆けつけた面子に驚いたのはバンブルだった。ダイノボットはともかく、なぜがいるのか。しかしそうしている内にもデストロンの攻撃は止まず、狙い撃ちにされたサイバトロンたちはダイノボットの援護を受けながらほうほうの体で基地へと帰還した。そして、人知れず出撃していたはというと、逃げる途中に砲撃を受けてブレインサーキットがエラーを起こしぶっ倒れていた。それを見て烈火のごとく怒ったのはラチェットだった。なぜが出撃しなければならなかったのか?しかし怒りながらラチェットも、それが不毛な怒りであることを承知していた。そもをそんな状況にしておいたのがいけないのだから。監督不行き届きという意味では、それは自分の失態でもあった。 そして、気絶したをリペアすること二時間。見事にきれいな身体を取り戻したは、アイセンサーに光を灯して元気よく起き上がった。 「、起きたか」 「?…ラチェ?」 首をかしげながら自分を見上げてくるその顔の、なんと罪の無いことか。ラチェットはブレインサーキットでたまりにたまったお小言が、意味の無い記号に変わっていくのを感じた。とりあえず無事のようでなによりだ。 「大丈夫か?痛いところは?センサーは動いてるか?」 矢継ぎ早に問うラチェットをボーっと見つめるはアイセンサーを一度だけ瞬かせて、それからにこっと笑った。ラチェットはそれが大丈夫の合図だと見て取った。長年の経験からして、彼女は隠し事はヘタだから調子が悪いときにこんな風に笑ったりはしない。ラチェットはほっと胸をなでおろし、それから砕けていったお小言を再構築し始めた。さてここからが問題だ。 「」 いつもより低い声で名を呼ぶと、はびくりを身体を強張らせて自分を見上げる……はずだった。しかし、診察台の上にいるはずのはいつのまにかコンソールに張り付いている。ラチェットは口が開きそうになるのを抑えながら、!と諌める様に名を呼んだ。 「こら何してる!話は終わってないぞ!こっちへ来なさい」 「?…やー!」 は声がしている時だけラチェットを見つめて拒否の態度を示すと、すぐにコンソールに向き合ってデタラメにパネルを押し始めた。普段なら絶対にしないような悪戯を目の前で繰り広げられて、ラチェットは思わず固まってしまった。こういう時はどうするんだっけか。遠い昔何も知らない彼女を躾けた時に確か同じようなシチュエーションがあったはずなのだが。 「!止めなさい!」 とにかく言って聞かないのなら実力行使に出るしかない。ラチェットはの腕を掴み上げるが、不満気に自分を睨んでくる大きなアイセンサーに思わずたじろいだ。は本当にご不満のようだ。まるで分別の付かない幼な児のように、自分の楽しみを邪魔するラチェットをじろりと睨む。 「なにを拗ねてる」 そうだ、これは彼女が拗ねているからに違いない、とラチェットは思うことにした。いつも外出を禁止しているからそのことで不満が溜まっていたのかもしれない。それならば逆に扱いやすい。分かるまで懇々と諭せばよいし、無理にでも分からせる方法はいくらでもある。手数は明らかにラチェットの方が多いのだ。 「や!やーッ!」 じたばたと暴れ始め、ついには腕に噛み付こうと飛び掛ってきたをラチェットはよけ切れなかった。がぶりと自分の白い手に噛み付き、はきーきー騒ぎ立てて不満を爆発させる。 「ッ!」 加減なぞはしていないのだろう渾身の一撃にラチェットは唸った。思わず手が出そうになるのをなんとか抑える。さすがに彼女を殴ることはできなかった。いくら手が掛かろうとも、今まで暴力に訴えたことは一度も無いのだ。一度でも手を上げてしまえば、たちまち彼女は自分を恐れて二度と寄ってこなくなるだろう。長い時間を掛けてここまで築き上げた関係をむざむざ壊すわけにはいかない。 「!」 しかし、いつまでも大人しくがりがりと腕を齧られている訳にもいかないので、自分の腕はさておいてとりあえず力任せに彼女をひっぺがした。は動物のように唸ってじたばた暴れている。一体何がどうなったらこうまで退化するのか。原因は今のところ一つしかないが、さっぱり意味が分からない。 「いったいどうしたんだ」 もし彼女が赤ん坊レベルにまで退化してしまったのだったら、怒鳴ったり叩いたりという行為はまったく持って無駄である。赤ん坊に怒ったって仕方が無いのだから。 「やー!やーの!」 怒り顔に疲れたのかはふにゃふにゃと表情を崩し、泣きそうな顔でもって不機嫌を表した。ちょいとつついてやれば、堰切って泣き出しそうなその顔にいつもなら加虐心を刺激されるのだが、今日ばかりはそう思えなかった。 「そんなにパネルに触りたいのか」 ラチェットは真面目に怒る気がまったく失せてしまって、を抱きかかえるとよしよしと頭を撫でながらあやすように優しく問うた。はラチェットの顔を見て――分かっているのかいないのか――こくりと頷く。そんなにラチェットは懐かしさを覚えて思わず微笑んだ。こんな風に彼女がワガママを言ったのはいつぶりだろうか? 「じゃあお前さんが触っても大丈夫なヤツを使おう」 いいながらパネルを操作するとラチェットはコンソールの前に座り、を膝に乗せた。正直なところ、こうしているだけならいつもとあまり変わらない気もする。おとなしくちょこんと膝の上に座るは、ラチェットの動作などには目もくれずモニターをジッと見つめている。これから何が始まるのだろうか?彼女の興味はただ目の前のモニターにのみ寄せられていた。 「さあ、何が出るかな?」 なんだかラチェットは楽しくなってきて、の様子を伺いながらパネルを操作した。少しの砂嵐のあと、モニターいっぱいの動物の映像が映し出された。始めの映像はねずみ。ちょこまかと画面を動き回る小さな生命体には興味津々だ。ねずみが急に立ち上がって辺りを見回したり、餌を与えられて可愛らしく口元を動かすとはラチェットを振り返った。かわいいね、とでも言たげなその表情に頷いて応えてやる。 「次は…」 ぱっと画面が切り替わると、今度は仔猫と仔犬が写った。じゃれあう二匹はころころと可愛らしい。仔猫がにゃあと声を上げる。仔犬はきゅん、と鼻にかかった甘い声で鳴いた。 「にゃー」 は仔猫を真似て鳴いた。ラチェットはデータバンクから地球に来たばかりの時にダウンロードした言語ファイルを開き、いわゆる”赤ちゃん言葉”を探した。たしかネコは… 「にゃんにゃん」 くそ真面目に言ってから、ちょっと気恥ずかしくなってラチェットは画面から目を逸らした。しかしはしっかり聞いていて、彼に倣ってその言葉を発した。 「コッチは…わんわんだな」 「わんわん」 人間の言葉で覚えても仕方がないのだが、たどたどしく話すが可愛いのでよしとする。 「にゃん、わん」 がモニターを指差した。そこには元気よく動き回っていた二匹が、柔らかい体毛に顔をうずめるようにしてくたりと眠っていた。 「お休みの時間だ」 ラチェットはそっとの頭を撫でてそう囁いた。はきょとんとした顔でラチェットを見上げる。 にゃむにゃむと喃語で何かを伝えようとするを抱えなおして、ラチェットはゆらゆらとゆりかごのように体を揺すった。ラチェットにぴったりと体を寄せたは、エネルギー不足のエラー音が鳴り響いていることに気づいて、そっとアイセンサーの光を落とした。 「いい子だ」 ラチェットは大きくため息をついて、システムを少しずつシャットダウンしていくの額に口付けた。かくんと頭が下がって、みるみる内に体を支えてやらないとずり落ちてしまいそうになる。まったく世話のかかる子だこと。 「お前といると退屈しないよ」 ため息が漏れた唇はゆるゆると曲線を描き、もう一度額にくっつけられた。かすかに身じろいだの表情はもうすっかり安心しきっている。 「まったく…」 静寂の戻ったリペアルームでラチェットはの頬をちょんと突く。スリープモードへ完全に移行したはもうウンともスンとも言わないが、ラチェットは気にせず頭を撫でながら微笑む。この無邪気な寝顔を見ていると、ここまでの苦労なんて全部吹っ飛んでしまうような気さえする。 (この顔に何度だまされたか…) 彼女には騙す気なんてさらさらないので、その言い方は正しくないなとラチェットは自答する。しかし彼女の無邪気さに振り回され続けるのは、楽しくもあり癪でもある。 元に戻ったときにどうお仕置きしてやろうか?今までの”お仕置き”をメモリーから引っ張り出し、にやにやと口角を吊り上げながら思案する。 かわいいかわいい私の女の子。今はゆっくりおやすみ。 (目が覚めたら、それはそれは楽しい出来事が待ってるから) しんとしたリペアルームにはラチェットがを撫でる金属音と、しずかに処理を進めるコンソールの音だけが響いていた。 *** 「?」 アイセンサーに光を宿らせてはひょこんと頭を持ち上げた。頭を撫でていたラチェットは眠り姫の目覚めをにこやかに迎えてやる。 「…ラチェット?」 はハッキリした口調でラチェットの名を呼ぶと、抱かれたまま彼を見上げる。訳が分からない――とでも言いたげな表情で。 「遅いお目覚めだ」 「?…わたし、寝てた?」 「ああ、ぐっすりね」 何メガサイクルかな、とラチェットはわざとらしくモニターに時間を映すと、はだんだん思い出してきたのかびくっと体を強張らせてそおっとラチェットの横顔を盗み見した。青い光がきらりと輝くアイセンサーと運悪く視線がかち合ってしまい、はぎくりと体を揺する。ラチェットから逃げようとがばたばた暴れると、彼は楽しそうにそれを阻止した。 「うん?逃げるようなことをしたのか?」 それはアナタが一番分かってる、とは恨みがましくラチェットを睨む。しかしその眼光は先のものに比べれば随分柔らかいものだ。そこには敵意なんてものはなく、ただ――いじわる――というメッセージだけが幾重にも張り巡らされているだけだった。可愛らしいとしか言い様の無いその反抗に、ラチェットはいつも通りだと安心すら覚えた。 「ご、ごめんなさい」 ラチェットの笑顔が怖くてはおもわず謝った。自分にも非があることは分かっているから、あまり抵抗しても意味はなさそうだった。 「それは何に対しての?」 がえ、と声を漏らす。無断出撃以外に何かしただろうか? 「、何もしてない」 恐る恐る告げるにラチェットは笑みを崩すことなく「覚えてない?」と問う。こくこくとが首を縦に振る。 「あんなことをしておいて…」 ふうとため息をついたラチェットには焦る。あわあわと慌てる彼女を見てラチェットは笑いが漏れそうになるが、きゅっと口を結んでなんとか真面目な顔を作る。 「忘れてしまったと」 「し、知らない…、知らないもん…」 「いや、知らないのはお前だけだよ。私のメモリーにはきちんと入ってる」 「うー…」 見るかい?とケーブルをモニターに繋ごうとしたラチェットの手をが遮る。本当かどうか分からないが、彼がそこまで言うなら何かしらの証拠はあるのだろう。それにもし映像に自分の想像を超えるものが映っていたら…恐ろしいったらない。 「い、いい。いらない」 「そうか。じゃあ」 怒ったような真面目な顔を解くと、ラチェットは口角が吊り上るのを隠そうともせずにの腰をがっちり掴み、自分と向かい合わせに座らせる。 「悪い子には、お仕置きが必要だな」 びくっと震えたの肩に両手を置いて、ラチェットは嬉しそうに笑った。 |