「ウルトラマグナス」
フレイムパターンの美しい赤いトランスフォーマー、ロディマスコンボイは、すばやくコンソールに指を滑らせている副指令を見た。この威厳と仕事ぶりをみれば、おそらく誰もがウルトラマグナスを司令官だと思うだろう。ロディマスはこの頼もしい右腕を誇りに思っているものの、彼が頼りになればなるほど、どうにも拭い切れないコンプレックスがスパークから生まれてくるような気がしてならなかった。
「おい」
無反応のウルトラマグナスにロディマスは、このワーカホリックめ、とため息をついて、もう一度彼の名を呼んだ。
「ん?ああ、司令官。何か」
「何かとはつれないな。司令官が直々に来たってのに」
「それはどうも。それで、仕事は終わったのかい。この前の修復工事の承諾書があったろう」
ロディマスはうんざりした様子で視線を反らし、パタパタと翼を揺らせながら頬を掻いた。
「いや、まぁ、見たよ」
「見た?サインはしたのか。内容の変更は無かった?」
ロディマスは不規則に揺らしていた翼をウルトラマグナスに向けて、あー、とか、うん、とか気のない返事をする。あんなつまらない報告書なんて見たくもないが、ウルトラマグナスを前にそんな不届きな事を面と向かって言えるはずもなく、ロディマスはウィンウィンと唸る頭部をコツコツつついた。
「どうなんだい?ホントに見たのか」
ウルトラマグナスの立ち上がる音がして、ロディマスはなぜ自分がここに来たのかを思い出した。こんなお小言を頂戴しにわざわざ司令室から抜け出てきたのではないのだ。くるりと彼を振り返ると、ウルトラマグナスはすぐ後ろに腕組みをしてむっつりとした表情を顔に貼り付けて立っている。いつもならこの後にメモリーから消去しても聴覚器官にその声が残るくらいに説教を垂れられるのだが、今日はそれに付き合う気はなかった。
「ビッグニュースなんだ」
「ビッグニュース?」
「君が喜ぶようなね」
ウルトラマグナスは腕を組んだままロディマスを見下ろし、大仰にため息をついた。
「私にとっていいニュースってのはね、司令官。あんたがさぼらずに仕事をこなしてくれることだよ」
それもデスクワークをね、とウルトラマグナスに言われ、ロディマスはむっとしてブレインサーキットをフル稼働させ反論を試みる。
「私だっていつもさぼってる訳じゃあない…………違う違う。今日はこんなことを言いに来たんじゃないんだ」
「司令官自ら伝令とは恐れ入るが、いったい何なんだ?」
直情型の司令官にしてはよく抑えているな、などと呑気に考えをめぐらせていたウルトラマグナスはなにやら一人で納得しているロディマスを見つめた。まったくこの若い司令官といったら、勇気と正義感は人一倍で見上げるものがあるが、幾分思慮に欠ける部分があると言わざるを得ない熱血漢なのだ。ウルトラマグナスはそんな彼の若さゆえの無謀が嫌いではない。むしろ自分だって、彼ぐらいの時分には多少の無茶もした覚えがある。ただ、ロディマスと自分の決定的な違いは、上に立つものという立場であるかどうかだった。若くしてマトリクスに選ばれてしまったロディマスにとって、司令官の何たるかを理解するのは容易なことではないだろうし、彼がそのために多くの苦労を重ねていることも知っている。多くの仲間たちを纏め上げ、常に気丈に振舞わなければならないストレスはおいそれと分かち合えるものでもなかった。しかし、だからこそウルトラマグナスはできるだけこの若きリーダーをサポートしてやりたいと思っているし、そのためには心を鬼にして彼に厳しく接することも厭わないのだ。
「まあ、そうかりかりせんでくれよ。これを聞けばきっと機嫌を直すから」
ウルトラマグナスが黙っていたせいか、ロディマスは少し余裕を取り戻したのかにやにやと笑いながら口を開く。
「少し前に通信が入ってな。長い間デストロンに潜入していた諜報員が帰還することになったんだ」
「スパイか」
この司令官が就任する前から、先の大戦からずっとスパイ活動をしている仲間というのは少なくない。ウルトラマグナスは大量のデータベースから諜報員のリストを取り出す。どの仲間も優秀な戦士たちで、長い間会っていない懐かしい名前が無機質な記号としてアイセンサーに浮かび上がる。
「君もよく知ってる、優秀なメンバーだ」
「知らないメンバーのほうが少ないぞ。誰なんだい」
もったいぶらずに言いたまえ、とウルトラマグナスはデーターベースを上から下へと流し読む。
「ああ、じゃあ発表しよう。彼女の名は」
「彼女?」
スクロールしていた画面を一時停止して、ウルトラマグナスはロディマスを見下ろした。司令官は相変わらずにやにやと笑いながら頷く。
「だよ」
懐かしい名前にウルトラマグナスのブレインサーキットは音を立ててうなり始める。処理しきれないほどの彼女のデータが目の前いっぱいに展開されて、どれを見てもスパークがばちばちと音を立てて騒いだ。長い間離れ離れだった大切な仲間が、ついに戻ってくるというのだ。感情のゆらぎがありとあらゆる情報処理にエラーを起こしているようで、未処理の不良データが溜まっていくばかりだが、この際そんな処理などどうでも良かった。
「私はまだ一度も会ったことはないが、優秀な諜報員で君のいいひとなんだろう」
聴覚器官からの情報伝達もいかれてしまったか、とウルトラマグナスはメモリーに記憶された司令官の声をもう一度再生する。
「いいひと?」
初めて聞く単語だといわんばかりに、ウルトラマグナスはおかしなイントネーションでその記号を発した。ロディマスはおやと疑問符を飛ばしながら彼を見上げ、違うのか、と尋ねた。
「違うのかって司令官、あんたは誰に聞いたんだ?」
「いや、誰というわけでもないんだが…」
そう言って視線を逸らしたロディマスは、部屋を出てくる前に交わした会話をメモリーから引き出して検証する。早口なおしゃべりブラーによれば、というウーマンサイバトロンはウルトラマグナスの部下で恋人だという話だったのだが。
(確かにそう言っていたぞ)
「司令官司令官、が帰ってくるってホントホントホント?」
「ああ、さっき通信があった。データを見たが…かなり長い間活動していたみたいだな」
「そうそうそうそう。すごく長い間あっちに行ってた行ってた行ってた。しかもはウルトラマグナスの部下部下部下で一番一番一番優秀な戦士なんだから」
「ウルトラマグナスの?」
「しかもとウルトラマグナスはいい仲いい仲いい仲だったから、喜ぶんじゃないのないのないの?」
「いい仲だって?」
ロディマスはあのウルトラマグナスに女っ気があるとは思いもよらず、頑張ってデータベースからそれらしき会話を検索してみるが、これっぽっちも見当たらない。四六時中べったりと一緒に仕事をしているが、そういえばお互いにそういう話はしたことが無かった。男同士なら自然とそういった話題も上がろうものなのだが、彼といると何かしら仕事の話になってしまって、いつもうやむやになってしまっているのかもしれなかった。
「二人は仲良し仲良し仲良し。司令官は知らなかった知らなかった?」
「まったく。初耳だ…しかし、なんでお前は知ってるんだ?」
自身のプライベートに関してはほとんど口を開くことのないウルトラマグナスが、おしゃべりな彼にこんな話をするだろうか?そう問えば、ブラーはぐいっと胸をそらして「アタシのアタシのパートナーがと仲良し仲良し仲良し」とどこか得意気に言ってのけた。
「パートナーだって?」
ロディマスは仰天して早口でまくし立てるブラーを見つめた。この超速おしゃべり男についていけるような相手がこの銀河にいるとは到底思えなかったし、いたとしても共に過ごすことを良しとするだろうか?まったくもって宇宙は広いと思わざるを得ない。
「そうそうそう」
司令官の失礼な考えなど露知らず、ブラーはモニターに写るの姿を見ながら言った。
「あの子から聞いた聞いた聞いた。とウルトラマグナスはすっごい仲良し仲良し」
「へえ、あのウルトラマグナスがねえ…」
「司令官伝えてあげたらあげたらあげたら?」
「それもそうだな」
ロディマスはモニターに移っていたのデータと一緒に下から回ってきている企画書やら承諾書やらのファイルも全部閉じると、嬉々として立ち上がった。
(そうそう。確かにあいつは言ってた。それに、ブラーが嘘をつくとも思えん)
几帳面で神経質な青い仲間との会話のログを終了させて、ロディマスはウルトラマグナスを見上げる。
「みんなそう言ってるさ。はウルトラマグナスの大事な部下だって」
「ふうん…まあ、確かに彼女は大事な部下だが」
「嬉しくないのか?」
不思議そうに顔を覗き込まれ、ウルトラマグナスはやっとこさ静かになっていたファンがまたブンブン動き始めるのを感じて、慌てて取り繕う。
「それは…もちろん嬉しいさ。彼女は優秀な諜報員だからね。報告を早く聞きたいものだよ」
「……ウルトラマグナス!」
急に大きな声で叫ばれて、ウルトラマグナスは思わず唇を歪ませて若い司令官を見下げる。なにかまずいことを言っただろうか?
「な、なんだい」
「そうじゃないだろ?なんかこう、もっとあるだろ」
「何が?」
「何がだって?わからんヤツだな、君は。そりゃ報告も勿論大事だが、長い間離れ離れになってた恋人が帰ってくるんだぞ?もっと喜びようがあるだろう」
「恋人」
「そう、恋人……こい、びと………あ」
感情に任せて怒鳴り散らしていたロディマスは、ウルトラマグナスの静かな声音にハッと我に返る。しまった、それを彼自身の言葉として、もっと面白おかしく引き出すつもりだったのに。これじゃあ墓穴を掘ったようなもんじゃないか。
「司令官、あんたが一人で来たから何事かと思ったら」
「い、いや。ウルトラマグナス。違うんだ、き、聞いてくれ」
「これ以上何か言いたいことでもあるのかい」
自分より大きな体がぬっと近づいてきて、ロディマスはあわあわと翼をでたらめに動かす。あんたの照れた顔が見たかった―――だなんて、この状況では発声回路がイカれたって言えたものではない。まずいまずいまずい。どう逃げるどう逃げるどう逃げる?
「ロディマスコンボイ司令官」
「ちょい待ちちょい待ちちょい待ち」
違う!あのおしゃべり男の真似なんてしている場合ではないのに!ロディマスは焦りに焦って、逃げ腰で後ずさる。ウルトラマグナスの顔から表情が消えて、とても無機質な――機械生命体の自分たちがこう言うのもヘンな話である――淡々とした音声で自分の名を呼ぶ。
――司令官、司令官
「な、なんだ?!」
あわや落雷、というところで通信が入り、ロディマスはウルトラマグナスに無言の反論を仕掛ける。仕方なくウルトラマグナスがその巨体を引っ込めるとロディマスは逃げるように彼から離れ、大急ぎで交信を再開した。
――先ほどお伝えした諜報員が、が帰還しました。報告がありますのでメインルームまでお戻りを
「わ、わかった。今行く。すぐ行く」
――お待ちしております
「ウ、ウルトラマグナス」
「……」
「が帰って来た。一緒に報告を聞こうじゃないか」
言うなりロディマスはそそくさと部屋を出て行こうとする。ウルトラマグナスはがっくりと肩を落として、小さな司令官の後に続いた。
***
「いやはや、こんなにたくさんの報告書をもらったのは初めてだ。ご苦労だったな、」
の肩をがちゃがちゃと叩き、ロディマスは気が気でない心地でなんとか声を掛けた。後ろには眼光鋭く睨み付けてくるウルトラマグナスが立っているのだ。恐ろしいったらない。できれば、自分の目の前でにこやかに微笑みながらぴんと背筋を伸ばして立つに、今すぐにでも縋り付きたい気分だった。
「司令官、その報告書は先の大戦が終了するまでのものです。今回の戦いが始まってからのデータがまだ整理できておりませんので、それは後ほどお持ちします」
「ま、まだあるのか?」
白銀の背中から生えている翼が小さく震えて、はくすくす笑っていた。ロディマスは笑われているのだがなんだか馬鹿にされた気にはならなくて、一緒に笑った。
「君とは初めて会うんだが、自己紹介は必要かな?」
「いえ、ロディマスコンボイ司令官。それには及びません。司令官のご活躍は敵地にも轟いておりますよ」
「そうかい。そりゃあ嬉しいな」
ふふふ、と柔らかく微笑むに、ロディマスは彼女の笑顔を独り占めできるのであろうウルトラマグナスを羨ましく思った。それと同時に、働きすぎの気がある彼を癒してやれる存在がいることに安堵もした。いつも迷惑を掛けているのだという自覚はあるのだ。行動に反映されているかどうかは別として。
「とにかく長きにわたる任務、ご苦労だった。ゆっくり体を休めてくれ」
ちらりと視線だけでウルトラマグナスを振り返ると、思いっきり睨まれたので慌てて視線を逸らす。なにもそんなに怒らなくてもいいじゃないか。
「はい。ありがとうございます」
「あ、それと」
「はい」
「報告書は急がないから」
「え?…ですが、」
「いや、まあ、早くてもいいんだが…まずこれを読みきるのに相当な時間がかかると思うから」
すぐ出されても読めない、と大真面目に返答すると、ウルトラマグナスが「司令官!」と声を上げ、はびっくりしてロディマスとウルトラマグナスを見比べた。
「何を言ってるんだ、重要な情報があるかどうかの検証をしないとだめだろう。それに判断を下すのは司令官なんだから、しっかり読み込まないと」
ものすごい剣幕で迫ってきたウルトラマグナスに、ロディマスは思わず体を仰け反らせて応えた。
「わかってる、わかってるよ。冗談だって。彼女だって疲れてるだろう?ちょっと労わっただけじゃないか」
「おたくが言うと冗談に聞こえないんだが」
「どういう意味だ!私だっていつも……」
「……?」
この場には似つかない高い電子音が響いて、ロディマスとウルトラマグナスは伸ばしかけていた両腕を下ろし、口を噤んだ。さっきまで黙っていたが、可愛らしい声で控えめに控えめに笑っている。
「あ、ごめんなさい」
二人の注目を集めてしまい、はちいさく謝るが、くすくすと漏れ出る笑いは止まらなかった。
「お二人とも、仲が宜しいんですね」
「あ、いやそういう訳じゃあ」
「そうだ。司令官がこんな調子じゃ示しがつかないだろう?それを私が…」
「なに。ほら、そうやっていつも私を悪者にする!」
「なんだって?だったら司令官、」
「ああ、お二人とも止めてください。司令官はまだまだお仕事があられるのでは?それにウルトラマグナスも」
「そ、そうだな。ある。やることは」
「山ほどな」
「私も今から報告書をまとめたいのですが。司令官、よろしいでしょうか?」
「あ、ああ。頑張ってくれ」
「では失礼します」
「ご苦労さん」
が軽やかな足取りで出て行くのをロディマスはにこやかに手を振りながら見送った。毎日むさくるしいのに囲まれて仕事をしていると、女性のちょっとした仕草だとかキーの高い声だとかにひどく癒されるような気がする。そんな姿で優しくなんかされたら、好きになるのも時間の問題なのかもしれない。
「司令官」
ああ、そうだ。この男もそうやって彼女に惚れたんだろうか。あの優しげな声音と笑顔と、白銀の美しいカーブを持つボディに。
「ウルトラマグナス。君の仕事はもういいから、彼女のところへ行ってやれよ」
「何を言ってるんだ。よくないだろう」
「まったく、ホントに分かってないな。ウルトラマグナス、これは命令だ……と言ったら?」
なんて羨ましいヤツなんだろうか。この後彼女と楽しく語り合うんだろう。もしかしたら抱き合ったりするのかもしれない。想像したらなんだかむかっ腹が立ってきた。畜生、早く行きやがれ。幸せものめ。
「司令官…」
「あーあー、もう聞こえないぞ。聴覚器官がイカれてしまった」
大きなため息を聴覚器官がキャッチしたが、ロディマスは聞こえない振りをしてどっかりと椅子に腰掛けた。
***
「。私だ」
基地の一角にあるウーマンサイバトロンのスペースに、ウルトラマグナスは立っていた。長年の任務を終えて帰ってきたのために他のウーマンサイバトロンたちがパーティを開いてくれる、という情報は事前に掴んでいたから、おおよそそれが終わる頃を見計らったのだが、なかなか彼女が出てこない。やはり通信を入れておくべきだったろうか?
「、いないのか」
任務時以外は切ってあるセンサーを起動させて、ウルトラマグナスはの居場所を探った。プライベートでこういう事はしたくないのだが、悠長に彼女の帰りを待っていられるほどの心理的な余裕が無かった。1メガサイクルでも早く彼女に会いたい。会ってゆっくり話がしたい。
センサーの反応は部屋の中にあった。他に仲間たちがいる様子はないから、一人でいるんだろう。疲れきってシステムダウンした状態でリペアをしているのだろうか?
「入るぞ」
お互いの部屋の暗証番号はかなり前に交換していたから、申し訳ないと思いつつも目の前にいるのに会えない苛立ちに耐え切れず、ウルトラマグナスはそっと彼女の部屋に入り込んだ。
「あ、ウルトラマグナス」
すぐ目の前にがいて、ウルトラマグナスはぎこちない動きで一歩前に進んだ。
「ごめんなさい。データ処理の最中ですぐに出られませ」
プシュッと扉の閉まる音と、金属の擦れ合う音が同時に鳴った。
ウルトラマグナスはいざ彼女を目の前にして何を言おうかと悩みながら歩いていたが、細かい傷だらけの彼女を見て何も言えなくなってしまった。力加減も忘れて無理やり腕の中に押し込めると、彼女の腕もそっと自分の腰の辺りに触れてきた。自分の体が大きいせいもあるが、触れるたびにの小ささを実感して心配になってしまう。過保護だと思われるだろうが、大切な存在を危険に晒したくないと思うのは当たり前のことだろう。
「、。無事でよかった」
「マグナス」
抱きしめていた腕を少し緩め、ウルトラマグナスはの顔に見入った。つるんとした頬のラインが、最後に別れた時に比べてずいぶん傷ついている。サイバトロンのインシグニアを取り除いてデストロンのそれがついていた胸元には、大きな焦げ跡のような傷があった。そっとそれに触れるとは身じろいで、彼の指から逃げた。
「長かった」
ウルトラマグナスは彼女の体をそっと抱き上げて奥へと進む。パネルがちかちかと明滅する電算機が設けられているスペースに腰掛けると、を膝の上に乗せて再び愛撫する。
「会えない間は気が気じゃなかった」
「はい。わたしもです」
「無事でよかった」
「はい。どこも悪くないですよ」
はにこりと微笑んで、ウルトラマグナスを見上げた。何を言えばいいのか、何を話すつもりだったのかも忘れてしまった。懐かしい姿、自分を呼ぶ柔らかい声。会えないときに何度も再生したメモリーよりも、ずっとずっと欲しかったものだ。
「」
「はい」
「君は、君は寂しくなかったかい」
「マグナス」
は自分の頬を撫でるウルトラマグナスを恨めしそうに見上げ、唇を尖らせた。
「寂しくない訳ないです。ずっとずっと会いたかったのに、そんな言い方しなくても」
ぷいと顔を背けられて、ウルトラマグナスは苦笑した。確かに意地の悪い質問だったかもしれない。しかし、彼女の口から「寂しかった、会いたかった」という言葉を聞きたいのだ。もっと名前を読んで欲しいし、好きだと言葉にして欲しい。控えめなは、自分の言葉に同意こそすれ、おおっぴろげに感情を言葉にすることをあまりしない。そんな奥ゆかしさも好きなのだが、こんな時ぐらいもっと言って欲しいのだ。
「悪かったよ。でも、君の口から聞きたかったんだ」
「言わなくても分かってるのに」
「君の気持ちを疑ったことは一度もないさ」
そう言って腕に力をこめると、は恥ずかしそうにはにかんで「意地悪です」と呟いた。
「男はそんなものだと思うけどね」
「いいえ、マグナスだけです」
「うん?そんなことを言うのはこの口か」
唇にそっと指を添わせて頬まですっとなぞらせると、そのまま両の手での顔を包み込む。そしてしばし見詰め合い、どちらからともなく唇を寄せ合った。ウルトラマグナスはの体を横抱きにしたまま体を折るようにして彼女に覆いかぶさる。の手のひらが自分の胸元に触れて、力をこめて抱けばその手はきゅっと閉じられた。他の部位に比べれば柔らかい唇をいつまでもむさぼっていてもいいのだが、くたりとしな垂れかかる彼女の体に触れているとそうも言ってられなくなって、ウルトラマグナスはゆっくりから離れた。
の表情はぼうっとしていて、ブレインサーキットが感情の処理にてんやわんやして止まりかけているのだろうことが見て取れる。ウルトラマグナスはかくいう自分もそろそろ歯止めが利かなくなってきていることを自覚していた。まだ二人っきりになって間もないのに、まともな会話もせず彼女を腕の中に閉じ込めてしまうのは如何なものか――欠片ほどになった理性を総動員して自問自答するが、自分はこんなにも彼女を欲していたのだということを突きつけられて、恥ずかしいやら情けないやらでウルトラマグナスは何となくの顔を直視できなくなった。
「マグナス?」
頼むからそんな甘えた声で呼ばないでくれ。ウルトラマグナスはメモリーにいまの声を残すかどうか少し悩んだあと、ぶんぶんと頭を振った。そんなことを考えている場合ではない。
は白銀の翼をぱたぱたと揺らしながら、ねだるように名前を呼んだ。まったく、この娘は無意識にこういうことをするから困る。こんな風に誘っておいて、いざこちらが仕掛けると、ひどく狼狽して羞恥に顔を染めるのだ。さもこちらだけがいかがわしいことを考えているかのように。
「いろいろ聞きたいことはあるんだが…」
「はい」
「まずやらなければならないことがあるな」
はホワンとした表情をきゅっと引き締めると、真面目くさった顔のウルトラマグナスを見上げて「データの処理を」と続けた。
「ん?あ、ああ。そうだな」
ウルトラマグナスは拍子抜けした顔で、のきりりとした表情を見つめた。そういう意味じゃなかったんだが…
「マグナス、すぐに終わらせますから。少し待っていてください」
いそいそと膝の上から撤退しようとするの腰を捕まえると、ウルトラマグナスは「ちょっと待ってくれ」と彼女を引き止めた。折角こうして触れ合っていたのに、いまさら仕事のためにお預けを喰らうのは御免だった。
「でも、報告書が」
「コンピューターは目の前にあるんだ。ここでもできるだろう?」
こつこつと自らの固い膝を指し示し、ウルトラマグナスは腰の辺りからケーブルを取り出して、の体をまさぐり始める。
「マ、マグナス。何をしているんですか」
「私も手伝うから、データ処理はとっとと終わらせてしまおう」
確かこのあたりに、との首から腰に掛けてのラインをまさぐっていると、彼女は翼をふるふると震わせて自分の手を掴んだ。
「じ、自分で処理します。手伝ってもらうなんてとんでもない」
「いや、二人でしたほうが早いだろう」
「いえ、結構です!ひ、ひとりででき」
きゃん!とが飛び上がらんばかりに反応する。ウルトラマグナスは自分の手がとんでもない箇所に触れていたことに気づいて、なんだか気まずくなった。そういうつもりで触れている訳ではないのだけれど。理性と感情は得てして相反するものである。
「あ、悪い…でも、ここだな」
のをアウトレット見つけて、マグナスはそっとケーブルを接続する。別に接続しただけでどうこうなる訳ではないのだが。
「あ、マグナス!抜いてください!一人でできます」
「君も強情だな。仕事は速く終わらせて、その後を楽しみたくないのかい?」
言ってしまってから、ウルトラマグナスは失言だったと口元に手をやった。しまった。こういったことにあまり強くない彼女に、面と向かって言ってしまった。のブレインサーキットがショートしやしないかと心配になる。
「そ、その後って、ま、ま」
「……ちょっと待て、君はいかがわしいことを考えてるだろう!」
「だ、だってマグナス、この状況で続きって言われても…その、あの」
確かに100パーセントに近い割合でいかがわしいことを考えているのは自分なのだが。そんなことしか考えてないと思われるのは嬉しくない。慌てて言い繕うものの、まったく彼女には聞いてもらえそうもなかった。
「む……君がそういう風に考えてるなら、それでも良いから、とにかくデータ処理をやってしまうぞ」
「ちょっと待ってください!わ、私じゃなくてマグナスが…」
「私だけのせいにするのか?」
「だけ?」
痛いところを突いてきた。ウルトラマグナスはから咄嗟に視線を逸らす。しかし彼女の視線は嫌というほどありとあらゆる箇所に突き刺さり、逃げ場はどこにも無い。逃げ場も何も、彼女を拘束しているのは自分なのだが。
「………」
「……」
「…、もうこの際だからはっきり言っていいか」
「はい」
「仕事の虫だのワーカホリックだの言われてる私だがね」
「……」
「君みたいな可愛いパートナーが目の前にいて、なおかつ私を好いてくれていて、こんな体勢でねだられたらね。ヒューズの一本や二本はぶっ飛んで、理性なんか無くなってしまうんだよ」
いつ私がねだったのかしら、とは不思議そうにウルトラマグナスを見上げていたが、その隙にがしっと両肩を掴まれてしまい、身動きが取れなくなってしまった。
「ま、マグナス」
「分かるだろう」
先ほど繋いだケーブルはそのままに、ウルトラマグナスは新たなケーブルをどこからともなく取り出して、再び彼女の体に触れる。
「わ、わかりません」
「嘘をつけ。おれだって我慢の限界ってものがある」
「ひっ…だ、だめだめだめだめ!データ処理しようって言ったじゃないですか!そんなとこ開けちゃダメです!」
「一緒にするのはいやだと言ったね。でもこっちはしてくれるんだろう?」
「そんなこと言ってないです!」
「たまには私のわがままも聞いてくれ」
「きゃ!…や、もぉ、いつも聞いてるじゃないですかあ!ちょっと、マグナス!」
「通信回路は切っておくから」
ケーブルで繋がれたのをいいことに、ウルトラマグナスはのサーキットに割り込みかけて、ぶつりと通信回路を遮断してしまった。
「さあ、これで心置きなく二人っきりだ」
にこやかに笑いかけるウルトラマグナスに、はじたばたと翼で反抗するが、それすらも楽しいとでも言いたげな彼の表情に観念せざるを得ない。
「こらこら。そんなに暴れない。初めてじゃないんだから、怖がらなくてもいいだろう?」
「怖いですっ!」
ぴしゃりと言い放たれたウルトラマグナスは、真っ黒い笑顔でに笑いかけた。
「そんなこと言うのはこの口か?」
発声器官が意味のある単語を生成できず、は悲鳴のごとき電子音をただひたすら発し続けていた。
***後書き***
匿名さまからのリクでウルトラマグナスNo.2でした。
リク内容の「中間管理職で、上からの弾圧と下からの突き上げで胃が痛いのとか〜」というのに適わなかったような気がしてなりません…わたくしの力量ではこれが精一杯でございました。申し訳ないです><
ロディにいじられてるだけになってしまって、上からの弾圧によるストレスを下にぶつけるというパワハラにww……ひぃ!
でも書いていてすごく楽しかったです^^
とくにロディとマグナスの掛け合いが楽しくて楽しくて。打ってる内にどんどんネタが(笑)
後半のやらしー感じも、マグナスを奥手にするつもりだったんですが、ただのむっつりすけべになってしまいました。
方向転換甚だしい^q^