03:ふにふに
「じゃあね、スパイク」
「うん、さよなら。カーリー」
二人がそっと抱き合って頬に軽くキスを送りあうと、カーリーはさらりと離れて足早に家へと向かった。彼女が完全に家に入ったのを確認すると、スパイクはバンブルに乗り込んた。
「ねえスパイク。キミはいつもカーリーとああやってからサヨナラするけど、あれってアイサツなの?」
「え?あれって?」
「抱き合って、ほっぺたとほっぺたをくっ付けてるヤツ」
スパイクは改めて言われるとなんだかむず痒くて、頬を掻き掻きああ、と答えた。
「そうだね、サヨナラのときもこんにちはの時もする挨拶だよ」
「ふぅん」
この大きな友人にとって人間の習慣というのは新しい発見に満ちているらしく、気が付くたびにこうして質問するのが常だった。とくに触れ合うという愛情表現は彼らにとって珍しいものらしい。
「キミたちはそういえば抱き合ったりしないよね」
「うん、まあ抱き合うと装甲が擦れてはげちゃうし…あんまりしないね」
はげちゃうし、というところでスパイクは少しだけ笑って、そっかと頷いた。
「でも、人間相手ならはげないでしょ?やってみたら?」
「キミたち相手に?」
「うん。力を加減してくれないと潰れちゃうけど。僕らはそうして挨拶するのはイヤじゃないし、触れ合うのはやっぱり距離が縮まったみたいで嬉しいな」
「ホント?じゃあ早速やってもいい?」
今すぐにでもトランスフォームしてハグしてきそうなバンブルにスパイクは苦笑した。
「基地に帰ったらね」
え?といいながら周りの景色を確認したバンブルは荒涼とした大地が広がっているのを見て、えへへ、とごまかすように体を震わせた。
***
「
!」
後ろから声を掛けるなり、
の両脇に手を差し込んで彼女を抱き上げたバンブルは驚く彼女をもろともせず、きゅっと抱きしめた。痛くないように、苦しくないように細心の注意を払って抱きしめると、
の柔らかい頬がバンブルの硬い頬に触れた。ふにふにと柔らかい感触に思わず声を上げる。
「わあ、
はスパイクよりもやわらかいね!」
「え?えぇ?」
急に抱き上げられたこと、抱きしめられたこと、とんでもない感想を言われたことに、
はパクパクと口を動かす。彼は何を言っているのだろうか?そもそもなぜ急に抱きしめたりしたのか分からない。皆がコッチを見ているではないか。混乱と恥ずかしさから
は顔を真っ赤にして抗議した。
「バ、バンブル!いきなり何!」
「え?人間ってこうやって挨拶するんでしょ?」
「へ?」
「ハグって、スパイクに教えてもらったけど」
にこにことバンブルは
に微笑みかける。その屈託のない様子に
も反撃できなかったが、挨拶だという割には大掛かりなスキンシップに少しだけ恥ずかしさも覚えた。人間からすればこれはハグというよりは、かなり力強く抱き合っている、違う意味での抱擁を彷彿とさせるのだ。
「あ、あのねバンブル。ハグっていうの…ひゃッ!」
ぐいっと体を引き寄せられて、今度は頬につめたいものが触れた。目の前にはバンブルの顔がある。寄せられたつめたいものは、どうやら彼の唇らしかった。
は完全に言葉を失って、きょとんとしているバンブルを見つめるのが精一杯だった。
「あ、え、あの」
「それから挨拶のチューも」
「ちゅ、ちゅうって」
「ちがうの?だめだった?」
残念そうな声を出してもだめだ、と
は思ったが、良かれとおもってしてくれた友愛のハグとキスを否定することはできそうになかった。彼は程度が分からないだけなのだ。しょんぼりするバンブルに苦笑を一つ漏らして、
は彼の冷たい頬を撫でながら「ちがうの」と声を掛けた。
「ダメじゃないの。でも、急だったからびっくりした。するときはちゃんと声を掛けて?」
口でも挨拶しながらしてくれる方がいいな、と
が笑うと、バンブルは声のトーンを上げて「やった!」と彼女を抱いたまま飛び上がった。
遠巻きに二人を見つめていた面々は声を掛ければいいのか、と顎に手をやりながらいつ彼女に”挨拶”しようかと思案するばかりだった。
***
「
、こんにちは」
「あ、マイスターこんにち」
きゃあ、と
は小さく悲鳴を上げた。視界がぐんと持ち上がり目の前に青いバイザーがぴかりと光っていた。その下にある鋼鉄の唇はご機嫌なカーブを描いている。
を掴む大きな手に少しだけ力が込められると、ポルシェのバンパー部分に体を寄せる形で彼に抱き寄せられた。そして頭にそっと落とされる硬いもの。
「ま、マイスター」
「ご機嫌いかがかな?お嬢さん」
「あの」
唇を離して彼女に声を掛けると、マイスターはゆるりと持ち上げられた
の顔をじいっと見つめた。少し困ったように揺れる瞳がなんとも綺麗だが、それ以上に体中に広がる彼女の柔らかい感触がなんともいえず気持ちが良い。マイスターは、恥ずかしいのか上気した
の頬に唇を寄せてもう一度「こんにちは」と挨拶をした。
「あのう」
「きみはあったかくてやわらかくて、ホントに気持ちがいいね」
「そういう風に言われると、なんかゴハンにでもなった気分です」
「ふふふ。そうだね、柔らかくて良い匂いのするきみは食べちゃいたいぐらい可愛いよ」
あまりにも自然に唇からこぼれたその言葉に、
はきょとんとして青いバイザーをしばし見つめたあと、恥ずかしさのあまり目に見えるぐらい顔を真っ赤にして自分を掴むマイスターの指をぽこぽこと拳で打った。
「マイスター副官!」
「なんだい?」
「そ、そういう表現は間違ってると思います!」
「そうかな?用例にもあったんだがね」
どこから引っ張ってきたんだ!という叫びはマイスターがもう一度
の頬に口付けたことで胸の中に仕舞われた。
「し、司令官に言いつけますよっ」
「どうぞ」
ニッと笑うその笑顔が腹立たしいぐらいに格好良かったので、
は視線をそらして「今度したら絶対言いつけます!」とぷりぷり怒りながら恥ずかしさをごまかした。
「それじゃあ今日だけで何回も言いつけられてしまうね」
「副官!」
ははははは、と高らかな笑い声が部屋に響くと、同じように
に”挨拶”をしようとしていた面々は先を越されたかと歯軋りするのであった。