06:べとべと

「ジョルトー」

 ぺたぺたと間の抜けた足音がして、機材のチェックを黙々と行っていたジョルトはゆっくり顔を上げた。自分の胸のあたりまでしか高さのない小さな助手仲間がそこに立っていた。

「、どうしたんですか……その体は?」

 みれば彼女の体中に白いべたべたしたものが付着していた。調べてみると脂肪と蛋白質が濃縮された――いわゆる”クリーム”が、の体中についているモノの正体だった。

「クリームなんか付けて」
「えへへ。皆でパイ投げした」
「パイナゲ?」

 ジョルトはきゅいんとブレインサーキットを唸らせて、パイナゲを検索した。

「ヒトに向かってパイを投げる?……なんですか、この無駄極まりない行為は」
「むだだけど、楽しかったよ」

 双子の顔なんか面白くて見てられなかった、とがけらけら笑うと、汚れをものともせず笑っている彼女と、参加できなかったちょっぴりの寂しさからジョルトは「そんなことをしている暇があったら、勉強してください」と、少し意地悪なことを言った。アイセンサーを明滅させて驚いているが目に入る。

「ジョルト」

 困ったような声にジョルトはしまったと思わないでもなかったが、後には引けなかった。一気に声のトーンを落としてがごにょごにょと言い訳する。

「あの、あのね、双子に面白いことしようって言われて一緒に行ったら、バンブルビーとかサイドスワイプとかレノックスとかが居てね、みんなでちょっとフザケヨウってなって、楽しそうだったから…」

 あの、その、とがその先を説明できずにまごついていると、ジョルトは困り果てた彼女を見ていくらか気が晴れたのと、これ以上いじめても楽しくないので「そうですか」と言って、ウエスで彼女の頬を拭いてやった。

「わ」
「じっとしてください」
「う、うん…わ、くすぐったいよ、ジョルト」
「まったく、折角キレイにしたのにもうこんなに汚して…」
「ごめんなさぁい」
「謝ってないですね」

 頬や頭をがしがしと拭いていたウエスは、いつの間にか腰の辺りに移動していて、ジョルトはこしょこしょとそれを動かした。

「ひゃあ!く、くすぐったいよ、ジョルトっ!」
「悪い子はこうです!」

 を持ち上げてくすぐりにかかったジョルトは、けらけら笑う彼女に結局は負けてしまったのだと内心苦笑した。可愛くて仕方が無い妹のような彼女を、こんな些細なことで本気になって怒ることはできないのだ。

「きゃはははッ!じょるとー!だめだめだめ、くすぐったいよぉ」
「くすぐってるんですから当然です」
「だめ、だめ、もうだめ!」






「………おまえたち」

 ぴしりと音が鳴ったのではないかというほどに、ジョルトは後ろから掛かった声に固まった。はまだ余韻が残っているのかジョルトにくっついて笑い続けている。

「なにをしている」

 がしゃん、がしゃんとゆっくり近づいてくる師匠の気配に、ジョルトはぎこちなく首を後ろへ向けた。

「これは?」

 の体に付いたクリームを一掬いして口に運ぶと、ラチェットは凍るような蒼い目でジョルトを見た。

「ラチェット!ね、みんなとパイ投げしたの!」

 それで今はジョルトに怒られてるのー!と上機嫌で答えたにラチェットはそうかと答えて、置いてあったウエスでまた汚れていた顔を拭いてやった。

「、きれいにして来なさい」
「ジョルトも!」

 が抱きついたことで同じように汚れていたジョルトを見て、彼女が声をあげる。

「ジョルトはあとだ。とりあえずお前が行っておいで」

 ぐいと引き離されたは、不思議そうに二人を見つめたあと、すぐに気を取り直して「うん」と答えた。ぱたぱたと元気よく走っていくその後姿に、ラチェットは早口で「洗い終わったら私の部屋にくること」と付け足した。

「はァい!」

 が部屋から出て行くと、ラチェットはジョルトに静かに語りかけた。

「ではジョルト、私に話すことがあるな」

 どう説明したってきっと曲解されるんだろうなと思いながら、ジョルトは上ずった声で「あの、」と言葉を紡ぎ始めた。