07:どろどろ
べちゃ、べちゃ、と月面基地ではありえない音がして、はくるりと辺りを見回した。するとなにやら黒っぽいもので汚れている仲間たちが、ずるずると体を引きずるように歩いていた。地球へ偵察に出向いていたアイアンハイドたちだった。
「おかえり。どうしたの?」
きゅん、とアイセンサーを鳴らして彼らの姿をズームする。憎らしげな表情のアイアンハイドと、こちらはいつも通りにたついているサンドストームが二人そろって「沼に」と答えた。
「ぬま?」
「そう。マイクロンの反応が泥沼の底から出ていたから探してた」
「まァ、結果はなかったんだけどな!」
ヒヒヒ、とサンドストームは体中に付着した泥を指でこそぎ取りながら、なにやら愉快そうに笑う。彼がそうするのは、いわば癖のようなものであって彼の機嫌とはあまり関係がない。しかし、そんなわずかな感情の変化などわからないは、サンドストームが笑っているだけで楽しくなってしまうのだった。
「ぬま、楽しかったの?」
ねえ、とアイアンハイドにくっつかんばかりに近寄ったは、彼を見上げてそう問うた。アイアンハイドはきれいにオーバーホールされた彼女の体に自分の泥が付いてしまうのが憚られて、さっと後ろに引いた。
「こら、汚れる」
「え?いいよ、私もふたりと一緒がいいなァ」
アイアンハイドにくっつこうとはピョンピョン跳ねる。アイアンハイドは困ってしまって逃げ回るが、は止めようとしない。まったくこの子ときたら、好奇心旺盛はいいのだが些か思慮に欠けるというか、やんちゃというか…デストロンにしては捻くれていない、真っ直ぐな思考回路はアイアンハイドの好むところであるが、それ故に相手が難しい面もあった。
「、やめろ!汚れたらまたキレイにせにゃならんだろう!」
「あ、いいこと考えたよ!私にも泥つけて、皆で洗いっこしようよ!」
「ば、馬鹿!」
のとんでもない提案に、がっと表面温度が上がった。
「あああ洗い…」
「そりゃいいなァ!おい、コッチ来いよ、付けてやるからよォ!」
さっきまでニヤニヤとアイアンハイドとの掛け合いを見ていたサンドストームは、彼女の洗いっこ発言に大きく反応して声を挙げた。
「やった!」
サンドストーム、と名前を呼びながらは彼に飛びついた。アイアンハイドがああ!と叫ぶが、二人は完全にじゃれあっていて引き離せそうにない。
「きゃあ!どろどろ!」
「ヒヒっ!そら、どんどん付けてやるからなァ」
ドサクサ紛れにサンドストームがのとんでもないトコロを触りやしないかと、アイアンハイドはひやひやしながら彼らを見つめた。
「おい、お前らッ!廊下を必要以上に汚すんじゃない!!」
お前らが掃除しろよ!とアイアンハイドが叫ぶと、サンドストームとはぴたりと止まって彼を見た。ぎゅうと抱き合っている二人は仲の良いきょうだいのようでもあり、戯れている恋人のようにも見えて、アイアンハイドは余計に機嫌を悪くする。
「「掃除はやだっ」」
「じゃあ、さっさと立て!早く洗いに行くぞ!」
止まった二人を引き離し、右手にサンドストーム、左手にをぶら下げて、アイアンハイドはのしのし廊下を歩いていった。
「おい」
「なあに?サンドストーム」
「洗いっこするよなぁ?」
「うん、やるやる!」
ぶら下げた二人の視線が空中で重なって、ゆっくりと自分の顔に向けられたのをアイアンハイドは感じ取った。その視線が示すものは一つ。
「「アイアンハイドも」」
「………」
黙っているとジタバタ暴れだして廊下の汚れをひどくするばかりなので、アイアンハイドは観念して怒鳴るように言った。
「わかった、わかったから静かにしろ!」
「アイアンハイドもする?」
「……やらんとは言ってない」
彼のその答えに、サンドストームとは抱えられた状態でやったー!と歓声を上げた。