傷だらけで帰ってきたの姿を見て、賈詡はため息をついた。
「お前さんは加減というものを知らないから困る」
「加減?」
小さな黒い瞳が瞬かれると、賈詡は思わず彼女の頬に付いていた、誰のものとも知れない血をぬぐってやった。すると、今度は猫のように細められた目が、彼の双眸を見た。何か悪いことをしただろうか、とでも言いたげにじっと見つめてくるを、賈詡は取りあえず天幕へ連れ込んだ。
「とにかく座れ。顔から何から拭いてやる」
血と汗にまみれているを見るのはあまり良い気分ではない。賈詡は湯を用意させると、布を浸して絞った。大抵は付き人にさせるのだが、無頓着な彼女を見ているといらいらして、ついつい手を出してしまうのだ。
「うん。ありがとう」
こんな姿を見られたら、周りになんと言われるであろうか。そんなことをいつも考えてしまうのだが、彼女に触れるとすぐ忘れてしまう。
もだ。こんな姿になっているというのに、自分で顔の一つでも拭けば良いものの、誰かが言うまでしようとしない。
「全く、お前さんは」
そうして顔を少し乱暴に拭っていると、が笑ったような気がして、その手を止めた。あまり表情の変わらない女ではあるが、目元の緩みであるとか、口元のふっと綻ぶさまであるとか、そういった細やかな表情はなかなか豊かなものであった。
「まったく、何がおかしいんだ?」
戦のたびに血まみれになられたんじゃ堪らんね、と賈詡はため息交じりに零した。
「文和に拭かれるの好きだから」
ふにゃりと相貌が崩れると、賈詡は思わず拭いていた手を止めた。そういうことを言われると困ってしまうのだが、彼女はお構いなしに微笑むばかりだ。
はあ、と再度ため息をつくと、賈詡はの頭を何度か撫でて、それから布を湯に浸した。
―俺がすっかり甘やかしてしまっていたか
「ほら、その厳めしいのを脱いでくれ。拭けるものも拭けない」
と、そんなことを言いながら、いつもは戦や主に取られている彼女を自分の手許に置いておけることが嬉しくて、自然と口角が上がる自分に、内心でまたため息を付くのだった。