十二.
桃之夭夭 桃の夭夭たる
灼灼其華 灼灼たる その華(はな)
之子于帰 之の子 于(ここ)に帰(とつ)がば
宜其室家 其の室家(しっか)に宜しからん
桃之夭夭 桃の夭夭たる
有墳其實 有墳たる 其の実
之子于帰 之の子 于に帰がば
宜其家室 其の家室(かしつ)に宜しからん
桃之夭夭 桃の夭夭たる
其葉蓁蓁 其の葉 蓁蓁たり
之子于帰 之の子 于に帰がば
宜其家人 其の家人に宜しからん
「如何にございましょう」
夏侯惇が戦から帰ってもう一月たった。
は一月前に夏侯惇からの求婚に応え、今に至るまで嫁入りの準備をしている。荷物
の運び入れが、あと数日あれば終わる。しかし、輿入れしても仕事は続けたいという
の気持ちを汲んで、曹操は仕事場をそのままにしておいて良いと言ってくれた。
「うむ。これはまた美しい」
であるから、輿入れ準備の間にも、せっせと仕事をこなすことが出来たのである。
「姫君のお輿入れの為です。気に入っていただければ恐悦至極に存じます」
「うむ。これなら娘も気に入ろう。お主に頼んで正解だった」
曹操は膝を叩いて喜んだ。が織った布は、娘の婚儀のためにと曹操が選んだ詩を織
り込んだもので、嫁入りの娘に対する言祝ぎが詠われている。
「美しい詩にございますね」
「そうだろう。たまには過去の詩歌も良い」
詩歌の類には明るくないにも、父親の愛情がこの詩に込められていることぐらいは
分かる。
「そうそう、。お主も準備は進んでおるか?」
「はい。仕事も一段落いたしましたので、もうすぐにございます」
「そうか。婚儀は盛大に行いたいところであるが…元譲はなんと申しておる?」
「あまり華美にならねば、曹さまにお任せしたいと申しております」
「そうかそうか」
さすがに二人を結び付けてくれた友のことは蔑ろに出来ないらしい。
「そういえば、お主にはまだ祝いをしていなかったな」
「いえ、そのような…」
「まあ、受け取れ。これは格別にお主のために用意したものだ」
にんまり笑って曹操がその手の中の物を差し出す。
はきょとんとした顔で、それと主の顔を交互に見た。
「こ、これは姫君のためにと…」
「うむ。儂から娘に送る祝いじゃ」
誰のことか分らんとは言わせんぞ、と曹操はを見つめた。
「……そ、曹さま」
は曹操の心を悟った。思わず目頭が熱くなり、ぽたぽたと涙が落ちる。
「儂からお主への祝いじゃ。娘のように可愛がっとるお主を、元譲に取られるのはつまら
んが」
ぼろぼろと泣き始めるに、曹操は困ったように笑う。
「おい、そんなに泣くものではない。元譲に会って、その目を見られたら、儂は殺されて
しまう」
「…はい」
「さ、この話はまたあとだ。はよう川を越えて来い」
そう言ってを急かすと、彼女は何度も礼を言いながら扉の向こうに消えた。彼女の
背中を見届けると、曹操は
「ま、お主らにはもう隔てる川は無いがな」
やかましい天帝は終わりじゃ、とからから笑った。
桃の若々しいことよ
その花は燃え立つように輝いている
この娘がお嫁に行ったなら
嫁ぎ先にふさわしい妻になるだろう
桃の若々しいことよ
その実はふっくらとしている
この娘がお嫁に行ったなら
嫁ぎ先にふさわしい妻になるだろう
桃の若々しいことよ
その葉はふさふさと茂っている
この娘がお嫁に行ったなら
嫁ぎ先の人に喜ばれる妻になるだろう
***後記***
終わりました〜。いかがでしたでしょうか?
この話を作ろうとしてキッカケは…
そういえば明日七夕だ!⇒七夕ネタはやったことないな⇒七夕について調べよう⇒へえ〜おもしろー⇒…
という具合に、いつも通り、調べていくうちにドンドン違う方向へ流れて行き、気が付けば7/19。
調べだすと、とりあえず辻褄が合うように話を作らないと気がすまない性格をなんとかしたいです。
とりあえず、話の筋は通った…かなあ?
ここでは言わずもがな
ヒロイン⇒織女
夏侯惇⇒牽牛
曹操⇒天帝
という構成なのですが、曹操は月下氷人になったので、天帝ではなくなってしまいました…
引き剥がすんじゃなくて、くっつけてるし。ここが書き終わってから「ああああ」となった部分です(笑)
あと、きた!と思ったのは詩ですかね。
織姫と彦星の詩は『牽牛織女』というもので、文選(戦国時代・古詩十九首)という書物に載っている詩です。
この二人の伝説は、古くからあるそうなのですが、今のような形になったのは六朝・梁代の殷芸(いんうん)が
著した『小説』が最初だそうで、
「天の河の東に織女有り、天帝の子なり。年々に機を動かす労役につき、雲錦の天衣を織り、容貌を整える暇な
し。天帝その独居を憐れみて、河西の牽牛郎に嫁すことを許す。嫁してのち機織りを廃すれば、天帝怒りて、河
東に帰る命をくだし、一年一度会うことを許す」
という文があるそうです。
二つ目の曹操が娘の婚礼を寿ぐ詩は、『詩経』の(国風・周南編)にある詩で、題名を『桃夭(とうよう)』といいます。
実際は古来中国人の間で、結婚式の席上好んで歌われてきた歌、だそうです。今回は曹操に使ってもらい、父から娘への詩
としました。
今回は、ほぼ初めてと言っていいぐらい、「恋する乙女」を書いたような気がします。これでもまだまだ。べた〜っとした
少女的な甘いものにはならなかったのですが、私にしては割と甘かった…のではないかと思います。
惇兄の感情が結構お砂糖仕立てだったかな、と書いててムズムズしました。慣れないからですね。きっと。
特に十話の詩に対して入る語りは、彼の心の声をだしたつもりだったんですが…
もっとクサくしても良かったかな〜と思いました。折角愛を語れるチャンスだったんですが…うちの男性陣は言葉よりも
体で会話する(笑)ことが多いです。抱きしめる、とか、見つめる、とか。
とにもかくにも、ここまで読んでいただいて、どうもありがとうございました。
ご感想などありましたら、拍手でもメルフォでもいただけると嬉しいです。
2008/7/19 阿倍たちばな