不意に伸びてきた腕が腰を捉えたかと思うと、ぐいと引き寄せられる。決して大柄ではないが、自分とは違う逞しい身体はどこか安心感をもたらす。それが、時と場合を考えられたものなのであれば。
「孟徳」
「どうした」
「呼び出すから何かと思えば」
「不服そうだな」
「そうじゃないけど」
「そうだろう。わしに抱かれて不服とは言わせぬ」
「へ、変なこと言わないでよお」
声だけ聴かれでもしたらどうするつもりなのか。いや、彼の女癖を思えば、さして気にされるべき話題ではないかもしれない。
幼馴染として曹操のことは慕っているし、主君として尊敬もしている。加えて言えば、異性として惹きつけられるものを持っていることも事実だ。
しかし。
「典韋がまたびっくりして入って来るよ」
以前にもこのような状況があり、その時は曹操の悪戯心が過ぎて、彼女が思わず助けを求めたのだ。それに驚いた典韋が扉を壊さんばかりに入ってきて、従妹に悪戯する曹操という、見てはいけない光景を目の当たりにしてしまったことがあった。
「ふむ。邪魔が入るのは困るな」
「そういう事じゃないよ」
膝の上に乗せられ、片腕で腰を抱かれる。空いている手で髪に触れられると、くすぐったいような心地よいような、不思議な気持ちになった。
「もう」
「なんだ?」
「勝手なんだから」
「そうか」
「そうだよ」
それはすまんな、と彼女を抱き寄せて、後ろから両腕で抱きしめる。彼の唇が耳へ近づくと、声を発するたびに吐息が耳朶に触れてどきりと胸が跳ねた。
「やだ、くすぐったい」
「なにがだ」
「あんまりしゃべらないで」
「何故だ」
その声が少し弾んでいるのを感じて、彼女は恨めし気に呟いた。
「わざとやってる」
「ん?」
言わねば分からぬなと笑うと、そのあとにわざとらしく息を吹きかけられて思わず声が漏れる。逃げようにも抱く腕を退かすことはできそうもない。
「だめ」
「まあそう言うな。儂をいたわってくれ」
小さな珠が付いた耳朶をやわやわと含まれると、嫌でも反応してしまう。白い肌はその瞬間にふわりと熱を帯び、艶めかしい色を宿す。音を立てて、その唇が耳朶を弄ぶ。身体を震わせてそれに耐えれば、唇はやがて耳の後ろから首筋を辿り、いつの間にか少し抜かれた襟から背中へ動こうとしている。
「も、誰か来たら、どうするの」
「誰も来ぬ」
「え?」
背中へ行くかと思われた唇は、しばし肌を離れ、憎らしい曲線を描いている。
「誰も通さぬようにと言ってあるからな」
「なぜ」
顔だけで振り向いた彼女は、その行動を後悔した。
隙だらけのその唇へ、噛みつかんばかりに己のそれを押し当ててくる彼と目があってしまったからである。
「て、てん」
唇を捉えられ、言葉は彼女の中で嚥下されてしまった。
深く、やわらかいものが溶け合うような感触に、は溺れた。
自分の少ない経験からの推測ではあるが、従兄はこうした行為については巧いのだと思う。細かいことではなく、ただ、彼に触れられると身体の奥から熱くなって、溶けて無くなってしまうような錯覚に陥るのだ。だからつい、いつも彼にすがってしまう。
ふ、と合わせた唇から息が漏れる。
唇を合わせたまま、自分に向き合うようにの体を抱える。そうすれば彼女は自分の胸に身体を預け、その小さな手ですがってくる。何度ふれあっても、のそうした行為は癖のようなもので、曹操の気に入っている反応のひとつでもあった。
熱くやわらかいそこをいつまでも貪っていたいのだが、やりすぎるとあとで自分を制御することが難しくなる。
「愛いやつめ」
曹操は名残惜しげに唇を離し、顔を赤くして俯くの髪に口づけた。