三.
「おお、三成。奥方より少し遅れると聞いていたが、間に合ったのだな」
山賊まがいの男どもをぶっ倒し、三成・左近夫婦は無事に越後の兼続の元へたどり着い
ていた。
「それに指揮官どのも。いや、今年は賑やかになるな」
「いいんですかね、俺も寄せていただいて」
「島どのの軍略は私もお聞きしたい所が多い。遠慮せずにくつろいでくれ」
「殿、おひさしぶりです」
「姫さまも、お元気そうでなによりにございます」
「ちゃんもそろそろ着くころだから、また皆でお茶でもいただきましょう……あら、
そちらの方は?」
兼続の妻・姫がに目をやった。がすかさず紹介する。
「島どのの奥方で、という者です。わたくしの付き人として来てもらったのです」
「あら、島どのの。わたくしは直江兼続の妻で、と申します。どの、ゆっくりして
いって頂戴ね」
「はい。お心遣い痛み入りまする」
「おう、指揮官殿の奥方も…お二方、駕籠とはいえ女人で越後まではお疲れであっただろ
う。、ゆっくり休んでもらいなさい」
「はい。さ、殿、殿。参りましょう」
「ではお言葉に甘えて…三成様、お先でございます」
「ああ、ゆっくり休ませて貰え」
が三成にすっと挨拶を交わしたのに対し、は良人の顔も見ずにに従った。
理由は言うべくも無いが、三成は左近とを見ながら、少しだけ眉間に皺を寄せた。
「左近、おまえ奥方と仲違いでもしたのか」
「殿、もうちょっと言い方を考えていただきたいんですが…」
「なに?島殿は奥方と不仲なのか」
いつものちょっかいが二倍になって、左近は不機嫌そうに答えた。
「ああもう違いますよ。ちょっとご機嫌を損ねてるだけです!」
煩わしそうに左近が言うと、三成と兼続は顔を見合わせて笑った。
「あの天下の軍略家も」
「妻の機嫌は攻略出来ぬ、か」
「お二人ともうるさいですね。いいじゃないですか、俺とが喧嘩してたって」
「喧嘩しているのか」
三成が面白そうに言う。その笑いは冷笑以外の何物でもないのだが、彼の普段の笑みと
いえばこれしかないのだから仕方が無い。この時ばかりは冷たく刺さる笑みを受け流しな
がら、左近はぷいと顔を背けた。
「いやいや、心配しているのだよ島どの。妻の機嫌は良いほうがいいに決まっているから
な」
まあ私は喧嘩などせぬが、と兼続は笑った。三成も無言で頷く。
(あんたらの場合は嫁さんがすごすぎるんだ)
と、左近は思わず出そうになった言葉を押し止め、秘訣でも教えていただきたいモンで
すねと軽く返した。
「うん?秘訣か……三成、お前はなにかあるか」
「何の秘訣だ」
「夫婦円満の秘訣…とでも言えばよいか。とにかく、仲睦まじくするための秘訣だ」
「ふん…」
「あ、いやお二方。俺は別に真剣に聞きたいわけでは…」
左近の言葉は空しく消え、しばらくしてから、兼続の「幸村にも聞いてみよう」でやっ
と話が切れたのであった。
***
一休みした後に夕食を摂り、途中で合流した幸村夫妻も迎えて、宴もいよいよ最高潮に
なろうとしていた。
「幸村、おまえ全然飲んでないだろう」
「三成殿、私はこの位で」
「何を言うか、はお前の倍は飲んでいるぞ」
「えっ!…あ、こらっ」
ちびちびと飲み進めていた幸村が見たものは、大きな杯をしれっとした顔で飲み進める
妻の姿。しかし、妻といえども十四五の娘である。酒に強いかどうかは抜きにしても、深
酒は体に良くない。幸村は思わず立ち上がっての元へ行くが、思わぬ伏兵によって足
を阻まれた。
「わっ」
「お、すまぬ幸村」
兼続の足であった。
「……幸村さま、お怪我は」
すってんころりんと見事に転んだ幸村を気遣うのは、彼の妻のである。この場にそ
ぐわぬ見た目では有るがこれがなかなかの強者で、何があっても表情の変わらない女子な
のであった。
「い、いや大丈夫だ…それよりも、そのようにぐいぐい飲むものではない」
「なぜですか」
「酔うては明日が大変だ」
「酔うておりませぬが」
「はまだ体が小さい。そんなときに飲むものではないぞ」
「父上は何も」
「いや、義父上はお許しになられたかも知れぬが…」
「ははは、紀之介が言ったか」
「み、三成殿」
の父は大谷吉継といい、三成の幼馴染でもある。紀之介とは彼の幼名で、三成の数
少ない友である。
「あいつは真面目なのかそうでないのか分らん奴だからな」
「そういう問題ではありません!…とにかく、これ以上は駄目だ」
「…では、の分は幸村さまがお飲みください」
「何故そうなる…」
「いいぞ。それは妙案だ」
「三成殿も囃さないで下さい!」
「楽しそうだな」
三人の中に入ってきたのは、幸村の足を引っ掛けた兼続であった。
「兼続殿」
「奥方の分を飲むのか?」
「飲みません!」
兼続はふっと笑ってを見た。幸村もそれに倣うと、うつらうつらと舟を漕ぐの
姿があった。飲むなり話すなりすることで、なんとか意識を保っていたらしい。
「幸村、奥方はお疲れのようだ」
「…ちょっと失礼しても?」
「いや、それには及ばん」
兼続が妻に目配せすると、姫がほんのりと酔っていると、完全に素面の、そ
して半分眠っているを連れて部屋から出て行った。
「すみません」
「いいや、女子は女子で話すことがあろう」
「ようするに」
ずいっと二人の間に割り込んできた三成が言った。
「男は男で話すことがある、ということだ」
なあ左近、と意味深な視線を投げて、三成は件の冷笑を口元に湛えた。
四.