六.

「ただいま戻りました」
「どうだった」
「長い夢から目が覚め申した」
「それは重畳」
 三成は戻ってきた左近の顔がいつもどおりだった事を確認すると、ふっと笑った。
「夢の君との別れはすんだのだな」
「!……殿、それは一体」
とかいったか」
 左近は思わず飛び上がりそうになる体を抑えて三成を見た。三成は嬉しそうににやにや しながらこちらを見ている。
「まさか文目にあれほど感化されるとは思ってもみなかったな……夢は侮りがたい」
 広げた扇で口元を隠しながら笑っている目だけを寄越す三成に、左近は頭が混乱した。
「と、殿…」
「なんだ」
「話が読めません…」
「それでも軍師か?」
「それとこれとは話が違うでしょう!」
 三成が広げていた扇を綺麗にたたむと、ちらりと目配せして「入ってまいれ」と言った。

 音も無く開かれた襖の向こうから、小柄な女が現れた。
 左近はあっと声を出すことを抑えられなかったが、立ち上がるのだけはなんとか抑えた。
どの、これの隣へ」
 三成がを左近の隣へ向かわせると、左近は後ずさりしそうになった。
 音も無くが左近の隣へ座る。
「どうだ?そっくりだろう」
「な、そ、そっくりって」
どの、こやつに何か言ってやってくれ」
 黙りこんでいたが、初めて左近の目を見て口を開いた。ただ一言「左近さま」とだ け。その瞳にはいつか見た輝きがあった。
、さん」
「夢の君とのご対面というわけだ」
 三成は見つめあう二人を満足そうに見ていたが、やがていつまでも動かない二人を放っ て出て行った。

「左近さま」
さん……でも、どうしてここに?貴女は夢の」
「わたしも、同じ夢を見ていたのですよ」
「え?」
「いつからかは忘れましたが、何度も貴方と夢で会っています」
「じゃあ、やっぱり手紙は…」
「手紙?……ああ、あの夢のことですね。あれは私にも分らないのです」
 左近は目をぱちくりさせながらを見た。
「夢の中ではいかにも知ったような口を利いていましたけれど…手紙も、文目のこともわ たしは全く知らないのです」
「え、じゃあ」
「だれかが手助けしたくれたのかもしれませんね。わたしたちの逢引を」
 それを手助けというのだろうか、と左近は思ったが、あれがなければこんなに長く夢で の逢引は続かなかっただろう。そういう意味では手助けといえるかもしれない。

「左近さま」
「なんです?」
「刀のこと、覚えてらっしゃいますか」
「…?……あ、ああ」
「名前、考えようとしたのですけれど…」
「難題でしたか」
 仕方ないですよ、と左近が宥めようとすると、はいいえと頸を振って応えた。
「左近さまは軍略家で武芸にも秀でていると専らの噂でございます」
「そいつぁ光栄ですな」
「月並みの事ではございますが…神々にあやかって考えました」
「ほお、それはそれは」
 は左近に向き合って、神妙な顔つきで言った。
「建御名方、ご存知ですか」
「タケミナカタ…?…たしか諏訪の」
「はい。軍神の誉れ高き男神です」
「建御名方、それは良い名を頂いた」
「喜んで頂けてうれしゅうございます」
「良き名を頂けて恐悦至極……ところで…」
 今度は左近が真剣な顔つきになって、に言った。
「なんでございましょう?」
「建御名方の妻の名、ご存知か」
 はきょとんとしていたが、やがて真っ赤になって俯いた。
「そ、そういうつもりではっ」
「結構、結構。どちらにせよ、貴女はもう俺のものだ」
 言うなりを抱き寄せて、可愛らしいくちびるを啄んだ。


七.