七.
「そういえば、とは上手くいっているのか」
ぶっ、と口から盛大に酒が噴出した。
「お前なあ…君主に向かってなんたる仕打ちだ」
げほごほと咽る夏侯惇を横目に、曹操は手酌で盃を進める。
「お、おま、お前な、もっと他に言い方は無いのか」
「おかしなことを言ったか」
「…俺は彼女とそういう仲ではない」
「そういう?」
意味ありげににやにやと笑いながら曹操が問えば、夏侯惇は苦虫を噛み潰したように渋
い顔をして「うるさい」と一蹴するに留まった。
「まあ拗ねるなよ。軍旗は順調に作ってもらえてるのか」
「ああ」
「そういえば、足しげくあいつの邸宅に通ってるとか」
「軍旗の出来を見に行っているだけだ」
「三日に一度もか」
何で知ってる、と言いかけて、夏侯惇は言葉を飲み込んだ。この悪友のことだから、何
を知っていてもおかしくない。
「俺はおちおち外出もできんのか」
「なんだ、当たりだったのか」
お前も頑張るなあ、と曹操が暢気に言えば、すっかり嵌められてしまった夏侯惇は歯軋
りしながら、悪友の字を搾り出すような声で呼んだ。
「で、そろそろ出来そうなのか」
「……」
「おいおい、次の戦は近いぞ」
「あと十日もあれば出来るそうだ」
「それは良かったな」
「ああ」
「ではそろそろ次の仕事を考えんといかんなあ」
「…」
「久しぶりに大きいのを頼むか…」
「…」
「おい、元譲」
「…」
急に黙り込んでしまった友を、曹操は目を瞬かせて見る。何か考え込んでいるようだっ
たが、青くなったり赤くなったりしてるため、傍目から見ていると愉快である。
「惇」
返事は無い。
「とーん。青くなるか赤くなるかどっちかにせい」
夏侯惇が手にしていた盃を指で弾くと、中の酒が零れて彼の手に掛かる。
「!…お、おい」
「やっと気付いたか」
「…お前なあ」
「さっきのお返し」
はあ、と夏侯惇がため息をつく。およそ風貌には似合わない光景だったが、今の彼には
そうして悩むだけの正当な理由があった。
「のことか?」
「!」
「分かりやすいやつだな」
「お前には関係ない」
「ないこた無いだろう……依頼が終わっても、あれに会いに行けばいいじゃないか」
「そんなことを心配してるのではない」
「では何を」
言うなり赤くなった彼を見て、曹操は
「男が赤くなっても何も嬉しくない」
と、ばっさり斬って捨てた。
「しかし、何にしても良い仲になったんだろう。まあ、あやつは初めからお前に惚れこん
でおったがな」
言ってから曹操は、あ、と口に手を当てた。さすがに言い過ぎたかと夏侯惇を見れば、
盃に酒を注いだままの状態で固まっている。どんどん酒は注がれるのだが、盃の容積を越
えて、だばだばとあふれ出てしまう。
「お、おい惇」
「…」
「今の話は無かったことに…」
「嘘なのか」
「いや、嘘ではないが…本人の口から聞かねば実感が湧かんだろう」
曹操は、口以外が固まってしまったような夏侯惇を見ながら、結局こやつもが好き
なのだから、まあいいかと無理やり思うことにした。
次項